#幕間(前編) 婆ちゃんが遺してくれたアナログ盤



 少し遡って、7月の下旬のお話。




 今日は、学校の部室では無く、僕の家に集まることになっていた。


 夏休みに入る前から、ミイナ先輩と佐倉さんの二人には僕の家に遊びに行きたいとは言われてた訳で、それが最近毎日の様に部室で過ごしててマンネリ気味になってたところにミイナ先輩が「たまには誰かんちで遊ぼう」って言い出して、佐倉さんが「アラタくんのお家で!」と強く主張したため、今回は僕の家に集まることになった。



 中学生時代は勿論だけど、3月にこっちに戻って来てからも家に友達が遊びにくるのは初めてで、しかもそれが女の子二人なのでちょっぴり緊張していた。

 何せ、母さんに会わせることになるからね。

 いや、ミイナ先輩も佐倉さんも根は良い人達だし、母さんも多分二人のことを気に入ってくれるだろうとは思うけど、僕が女の子を連れて来たってだけで要らぬお節介とかしそうで、それが怖い。



 そんな僕の不安を表すかのように、この日は朝から曇り空で、天気予報では近づく台風の影響で昼には雨が降り始めると言っていた。

 その為、二人からは『雨が降りだす前に行く』と言われていて、10時頃に近所のセブンイレブンで待ち合わせることになっていた。


 因みに母さんは午前中は仕事で、午後は半休だと言っていた。

 教員である母さんが勤める学校も夏休みに入っているので、夏休みの間はフルタイムではなくなっている為だ。

 それで母さんには、友達が二人遊びに来ることは話してあって、一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていた。




 この日は朝食の準備を終えると、直ぐに洗濯機を回し始めたりキッチンの掃除を始め、母さんを仕事に送り出した後は、自分の部屋やリビング等の掃除も始めた。

 夏休みに入ってからは平日も週末も忙しくしてたから、掃除をするのは久しぶりで、かなり汚れが溜まっている状態だった。


 廊下とか、隅の方を指でなぞると、跡が残るくらいで、「不味いぞ不味いぞ」と焦りながら大慌てで雑巾がけまでして、ヒィヒィ言いながら洗濯物も干して、「お昼ご飯のことも考えないと!」と更に焦り出しては、せわしなく家事を片付けていた。


 中学までは毎日がこんな感じだったのに婆ちゃんが亡くなってから既に7カ月経つので、いつの間にか体が鈍っているみたいだ。

 何て言うのかな、家事に必要な瞬発力?とか要領の良さ?が著しく低下しているのを実感していた。



 掃除の為に窓全開でクーラーも入れて無かったので、漸く一通り終える頃には汗びっしょりで、シャワーをゆっくり浴びたかったけど、気付けば約束の10時の15分前になってて、シャワーは超特急で3分で済ませた。


 シャワーの後は急いで下着とハーフパンツにTシャツを着るとまだ髪が少し湿っていたけど、慌てて家を飛び出した。


 走ってセブンイレブンへ向かうと、二人とも既に来てて、店内のお菓子コーナーで物色しているところだった。



 店内に入る前に、息を整える様に数回深呼吸をしてから入り、真っ直ぐに二人の元へスタスタと向かう。



「おはようございます。二人とも早いですね」


「おはようございます!アラタくん!」

「アラタ、おはよぉ~♪ 私はさっき来たとこだよ。佐倉ちゃんは既に来てたけどね」


「はい!朝早く目が覚めまして、余りにも楽しみ過ぎて待ち合わせの時間までじっとしてられなくて、フライング気味に来ちゃいました」


「そうなんだ。でもそんなに楽しみにするほどの物なんて何もないからね。あとで「ガッカリだ!」とか言って怒らないでね」


「ナニ言ってるんですか!私の推しへの―――」

「ささ、早く買い物済ませて行こう。雨降りそうだし」


「そうですね。僕もドリンク買いたいんで、さっさと選んできます」


 最近は、ミイナ先輩も佐倉さんの扱いが慣れてきている様だ。

 ミイナ先輩からは、「言わせねーよ!」という気迫を感じた。




 会計を済ませてコンビニを出ると、3人でお喋りしながら歩いて僕の自宅のマンションへ向かった。


 今日は二人とも、かなり気合の入ったお洒落さんだったので、雨に降られて濡らしては不味いと、急ぎ気味に歩いた。



 マンションのエントナンスに着く頃には、少しポツポツし始めていた。


 エレベーターに乗り込むと、「雨、ギリギリ間に合いましたね。でも洗濯物ベランダに干しててソレ仕舞うんで、ちょっとだけごめんなさい」と断ると、「気にしないで。手伝おっか?」「私も手伝います!」と言ってくれた。

 流石に家事のお手伝いは断ったけど、こんな風に気を遣って貰えるのは、やっぱり嬉しい。



 玄関から上がってもらうと真っ直ぐ自分の部屋に案内して、リモコンでクーラーを入れてから「適当に座ってて下さい。洗濯物片づけてから飲み物用意してくるんで」と断って、二人には僕の部屋で寛いで貰った。



 用事を済ませて飲み物を持って部屋に戻ると、ミイナ先輩は床に寝転んで僕の本棚から取り出したと思われる文庫本を読みふけってて、佐倉さんは勉強机に座って、昨夜僕が勉強した時の置きっぱなしのノートをペラペラと見ていた。



「お待たせしました。 僕の家、本当に何も無いでしょ?これだったら部室のが良いと思いますよ」


「そんなことないです!先ほどから興奮しきりで内なる欲望があふれ出しそうなのを必死に抑えていマスヨ!」


「そ、そうなんだ・・・大変だね」


「はい!何せ、小学校の頃からの夢がまた1つ叶ったんですからネ!」


「夢なの?僕んちに遊びに来るのが?」


「そうですよ! と、ところで、アラタくんは普段ドコで寝てるのですか?ベッドとかありませんけど、お布団敷いて寝るのですか?」


「うん、そうだけど。起きたら直ぐに仕舞っちゃうからね、今は押し入れの中だよ」


「なるほど、そうですか・・・今日これからお布団を敷くご予定は?」


「へ?これからお布団敷くの?佐倉さん、僕んちでお昼寝でもするつもり?」


 佐倉さんはまた突拍子もないことを始めようとしてるのか?


「イエ、その・・・アラタくんのお家に遊びに行く夢には続きがありまシテ・・・アラタくんが普段寝ているお布団に入ってみたいという非常に高レベルのミッション、じゃなくて夢がありまシテ」


「今ミッションって言った?ミッションて何なのさ、もう。 毎度毎度仕方ないなぁ」



 僕が布団を取り出す為に押し入れを開けると、佐倉さんは勢いよく立ち上がって、目をキラキラさせた。


「はい、お布団敷きましたよ。どうぞ」と佐倉さんに言葉を掛けると、寝転がって文庫本を読んでいたミイナ先輩が光の速さでゴロゴロと転がって来て、佐倉さんが布団に入る前にゴロゴロ転がりながら自分の体にお布団を巻き付けて、セルフ簀巻すまき状態になった。


「あー!私のお布団なのに!ミイナ先輩ズルイです!」


「油断大敵。こーゆーのは早い物勝ちだよ。隙を見せた佐倉ちゃんは諦めな」



 佐倉さんは布団の上からミイナ先輩をポカポカ叩いてて、言い争いながらも二人とも楽しそうだ。

 まさかお布団1つでここまで楽しそうに遊べるなんて、凄いなこの二人。


 結局二人はお布団を敷き直して、二人仲良く布団に入って寝転がってしまった。


「お”お”お”お”? お”・・・お”お”お”!」


「佐倉ちゃん変な声出さないで。アラタがドン引きしてるよ?」


「だ、だって!アラタくんの臭いが染み込んだ布団なんですよ!今アラタくんの臭いを全身の毛穴から吸い込もうと必死ナンデス!!!」


「本人前にして凄いね。僕に遠慮してた頃が懐かしくて、今は逆に清々しいくらいだよ」


 でも、こうして二人仲良くお布団に入っている姿は、ちょっと面白い。



 と、なんだかんだと楽しくはしゃいでいると、ミイナ先輩が僕のコレクションのことを質問してきた。



「古いアナログ盤が一杯あるけど、コレ全部アラタが集めたの?」


「これは亡くなった婆ちゃんのコレクションだったんです。 婆ちゃん、ビートルズが好きで、良く聞いてたんですよね。それで亡くなった後で僕が形見として一式貰い受けました」


「へぇーそうなんだぁ。 じゃあ、今でも聴けるの?」


「勿論。聴きますか?」


「おぉ!聴いてみたい!私、アナログプレーヤーって実物見るの初めてなんだよね!」



 僕がプレーヤーの準備を始めると、ミイナ先輩はお布団から出てきて僕の横で興味ありそうに見てて、それにつられる様に佐倉さんもお布団から出てきて一緒に眺めていた。



「ビートルズって、アラタくんがカラオケで歌ってた曲ですか?」


「うん、そうだね。ヘイ・ジュードっていう凄く有名な曲なんだけどね」


「その曲!私も聴きたいです!」


「そう?じゃあ、コレにしよっか。 準備出来ましたけど、ミイナ先輩、やってみますか?」


「うん!やってみたい!」


「回転してるレコードに細かい溝が有るんで、針をその位置に合わせて、あとはこのレバーを動かすと、ゆっくり針がレコードに降りて、曲が流れ始めます」


「こんな感じ? あとはレバーだっけ」



 ミイナ先輩がレバーを動かすとゆっくりと針が降りてパチパチとアナログ独特のノイズ音が鳴り始め、曲が始まった。


 二人の反応が気になってチラリと横目で見ると、ミイナ先輩は目をキラキラさせて、微妙に動く針をジッと見つめていた。

 佐倉さんは、何故か目をウルウルさせてて、僕と視線が合うと、両手で僕の右腕をガシっと掴んで、無言でウンウン頷いていた。


 その後は、レコードジャケットを手に取って見ている佐倉さんにうんちくを解説していると、ミイナ先輩が「今日は一日ビートルズかけっぱなしにしてよ」と言うので、LP盤を端から順番に流すことにした。



 中学時代まで婆ちゃんのことで色々苦労したけど、二人が婆ちゃんの残してくれたビートルズのレコードを聴いて喜んでくれる姿を見ると、なんだか込み上げてきて、目頭が熱くなった。


 なんて言えば良いのか上手く言葉に出来ないけど、二人が穏やかな表情で聴き入ってるのを見ていると、「婆ちゃんがまだ元気だったら、二人のことを友達として紹介してあげることが出来たのにな」という寂しい気持ちと、僕の中学時代の事を口に出して同情したりしない二人の優しさを感じることが出来て、自分でもよく分からない心境だった。



 ミイナ先輩と佐倉さんは初めてのアナログ盤の興奮が落ち着いて来ると、再び僕のお布団に入って寝ころんでしまい、今度は佐倉さんが寝ころんだ体勢のまま僕に色々質問してきた。



「アラタくんのお母様は、学校の先生なんですよね?ドコの学校に勤められてるんですか?」


「緑浜市内の南小だよ。 昔は豊浜小でも担任してたことあるらしいよ。僕たちが入学するよりも前だったらしいけど」


「そうなんですか。他のご家族も先生なんでしたっけ?」


「うん。一緒に住んでないけど、父さんは中学の数学教師で今は別の市に居るね。 爺ちゃんも婆ちゃんも生前は教師で、爺ちゃんは高校の校長とかもしてたらしいよ。婆ちゃんは英語教師だったね。 僕の英会話は婆ちゃん仕込みなの」


「それでおばあ様はビートルズを好きだったんですね」


「そー言えば、ウチのお婆ちゃんもビートルズ好きだとか聞いたことあるなぁ。ウチのお婆ちゃんとアラタのお婆ちゃんが会ってたら、ウチらみたいに仲良くなれてたかもね」


「そうですね。それはマジであり得そう」



 窓の外からザァーザァーと降りしきる雨音が聞こえる中、自分の部屋で友達と一緒にビートルズを聴きながらのんびり過ごす時間は、普段の部室での部活とはまた違う穏やかな空気が流れていた。






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