#18 猫背と青のり



 部屋に戻ると、先ほど座っていた同じソファーに佐倉さんが右側に座ったので、僕は左側に座った。 先ほどとは場所を交代した形だ。


 クラスメイトたちから「おかえり~」と声を掛けられたので、片手を上げて「ただいま」と応えていると、佐倉さんは自分のトートバッグをゴソゴソしてスマホを取り出していた。


 僕もポケットから自分のスマホを取り出し、お互いのスマホを手に持ったまま並べる様にしてチャットアプリの登録を無事に終えると、佐倉さんから「め、メールアドレスも良いですか!」と聞かれたので、OKした。


 でもメールはほとんど使ったことが無くて、どこをどうすれば良いのかよく分からなかったから、「どうやって登録すればいいの?」と聞くと、「アドレスを見せてくれれば、コチラからメール送るんで、送られてきたアドレスを登録して下さい」と言われ、それでもよく分からなかったから「やってもらってもいい?」と聞くと、「はい!」と了解してくれたので、スマホごと渡した。


 佐倉さんは二人のスマホを膝に置いてメールアドレスの登録作業をしている間、集中しているのか猫背になってて、その姿を見て不意に小学生時代の佐倉さんの姿を思い出した。


 やっぱり、小学5年の時の隣の席だったのは佐倉さんだったんだ。

 勿論、須賀さんから話を聞いてたから分かっていたけど、今、グワァーっと一気にあの頃の記憶がビジュアルになって甦った。

 容姿や雰囲気は随分と変わったけど、座って集中して何かをしている時の姿勢はあの頃と変わって無かった。


 作業が終わると「登録終わりました」と言ってスマホを返してくれたので、「メール使ったことが全然無いから、やり方分からなくてごめんなさい」と一言謝ってスマホを受け取ると、佐倉さんがメールに拘った理由を教えてくれた。


「みんなからチャットアプリの登録お願いされて、いっぱい登録したんですけど、全部目を通して返事するのが大変なんです・・・。メールの方がゆっくりやり取り出来るし手紙の交換みたいで、私はメールのが好きなんです。だから、アラタくんとはメールでメッセージのやり取りしたくて・・・。 あの・・・メールを送っても良いですか?」


 僕はチャットアプリの方はまだまだ登録してる相手が少ないから、そこまで大変な思いをしたことないけど、でも全部目を通して全部に返事を返すのが大変だというのは、まだスマホに慣れていない僕にも理解出来た。


 それに、『手紙の交換みたいでメールのが好き』と言うのも佐倉さんらしいと思えたし、好感が持てた。


「勿論。 でも、僕はスマホにまだ慣れてないから、返事を返すのが遅いと思うけど、それでも良いの?」


「はい!全然大丈夫です!」


「じゃあ、お願いします」


「はい!」


 佐倉さんは一仕事ひとしごとやり切ったかの様な満足そうな顔となり、無事に連絡先の交換を終えて二人とも手持ち無沙汰になったので、すっかり冷めてしまったタコ焼きの残りを食べることにした。


 1つ自分の口に放り込んでモグモグさせながら、佐倉さんにも「食べる?」と聞くと「はい!」と元気よく返事したので、楊枝を持って手渡そうとすると、先ほどと同じように楊枝では無く僕の腕を両手で掴んで、口を開けて一口で頬張った。


 タコ焼きはまだ2つ残っていたので、また1つを自分で食べて、もう1つを同じように佐倉さんに食べさせた。

 佐倉さんは3つ目も自分の手では持たずに僕の手から食べていた。


 二人で会話も無くモグモグさせていると、それまで別の部屋に居たと思われる古賀くんがコチラの部屋にやって来て、入って来て早々に入口傍に座っている僕を押しのけるように同じイスに座って来た。

 押し出される形になった僕は右隣に座る佐倉さんと肩と肩がくっ付いてしまい、また佐倉さんが挙動不審になるかと心配したけど、意外にも特に気にしていない様子だったので、そのまま我慢した。



 古賀くんは座ると早速、「進藤くん歌ってないでしょ!1曲歌ってよ!何でもいいからさ!」とハイテンションで要求してきた。


「いや、マジで歌うの苦手だから」と断っても「いーからいーから!」と言って強引にデンモクを手渡された。


 デンモクを持ったまま途方に暮れていると右側から視線を感じ、その視線の主である佐倉さんに視線を向けると、期待するような熱い眼差しで僕を見ていた。


 困った。

 僕は流行の歌とか全然知らないから、こういう場で何か歌うと白けてしまうんだよな。


 うーん・・・と悩んでいると、今日ミイナ先輩との会話での『邦画研究部なのに洋楽なんですか』というフレーズが頭に浮かんできた。


 洋楽か・・・

 ビートルズだったら、歌詞分かるし一応歌えるか、とデンモクで『Hey Jude』を登録して、佐倉さんに「はい、佐倉さんも1曲歌ってよ」と言って強引にデンモクを押し付けた。


 その様子を見ていた古賀くんが「無事に仲直り出来たみたいだね!よかったな!」と言って僕の肩をポンポン叩いて席を立ち、別のクラスメイトの所へ移動して行った。



 僕の順番が来たので自分の席に座ったままポールに成りきって歌うと、案の定全然盛り上がらなかったし、相変わらず佐倉さんが直ぐ隣からずっと僕を見てて、目をウルウルさせてまた泣きそうな顔をしてたので、カラオケでは2度と歌わないと誓いを新たにした。アラタだけに。

 ただ古賀くんからは、「英語の発音が上手すぎて、引くレベルだった!」と一応褒められた。



 佐倉さんの歌は、物凄く上手だった。

 知らない曲だったけど、クラスメイト達はみんな大盛り上がりだった。

 僕も「お~」と感心しながら拍手すると、佐倉さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


 しかし、佐倉さんが歌っている最中にすぐ傍でその横顔を見ていて、前歯に青のりが付いていたのに気が付いた。

 でも、心配していたほど台無しには感じなかった。

 美人は何をしてても美人だと言うことだろうか。

 それとも、青のり程度はどうということは無い程の美形だと言うことだろうか。

 そういえばミイナ先輩も、ヨダレ垂らしたダラしない寝顔でも可愛かったし、結局、顔面偏差値高い人は人生イージーモードということだろう。





 カラオケボックスでの親睦会は2時間で終わり、ファミレスに移動して2次会をすることになったけど、僕は疲れていたので帰ることにした。

 佐倉さんも帰ると言うので、既に真っ暗だったし「家まで送ろうか?」と聞くと、「お兄ちゃんに車で迎えに来てもらうことになってます」と言うので、「じゃあ大丈夫だね。 お先に」と言って一人で駅の自転車置き場へ向かって歩き出すと、「おやすみなさい!」と佐倉さんの声が聞こえたので、振り向いて片手を上げて応えてから、自転車を回収して帰宅した。



 その日の夜、ミイナ先輩、瀬田さん、須賀さん、そして佐倉さんからメッセージが送られてきた。

 その中でも、佐倉さんから夜中の0時過ぎに送られてきたメールは、ドン引きするレベルの長文だった。







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