#幕間 砂糖水的な何か




 この日は、佐倉さんのお家に集まることになっていた。

 最近は僕の家でばかり集まっていたけど、たまには佐倉さんのお家でもということでそうなった。


 一学期や夏休みに入ってからでも部活の後に佐倉さんをしょっちゅう家まで送っているので場所は勿論知ってるし、お母さんとは何度も挨拶したことがあって、「遊びに来てね」と言って貰ってたんだけど、家に上がらせてもらうのは実は今回が初めてで、佐倉さん本人が自分の家よりも僕の家に来たがるので自然とそうなってしまってた。

 因みに、ミイナ先輩はちょくちょく遊びに来てるらしい。 

 この二人、夏休みに入ってからの週末は僕がバイトしてたから、僕抜きでよく遊んでたそうだ。因みに須賀さんもそこに混ざって3人で遊ぶこともあったらしい。



 で、お昼前にミイナ先輩と待ち合わせて、一緒に自転車で佐倉さんのお家に遊びに行った。


 玄関でミイナ先輩がピンコーンとインターホンを押すと直ぐに玄関扉が開いたんだけど、開くのと同時に中から1匹の小型犬が飛び出して来て、なぜかミイナ先輩では無く後ろに居た僕に突進して来て、何度もジャンプしながら「遊んで!遊んで!」と訴えていた。


「お、おぉぅ」


「こらぁ!イギー!ハウス!」


 佐倉さんにイギーと呼ばれた小型犬は、焦げ茶と白のツートンカラーのブルドックに似た容姿で、佐倉さんの言うことを完全無視する姿勢を見せていた。


 そして僕がしゃがんで目線の高さをイギーに近づけ抱き上げると、イギーは迷うことなく僕の顔面に飛び掛かって来て、僕の顔中をペロペロしはじめた。



「こぉらぁ!イギー!ペロペロだめ!」


 イギーは佐倉さんの言うことを完全無視する姿勢を崩さず、ペロペロを続けている。

 そして更に怒る佐倉さん。

 さっさと家に上がってしまったミイナ先輩。

 で、顔中ヨダレ塗れでイギーが普段食べているドッグフードと思われる変な臭いがする僕。



 漸く佐倉さんがイギーを抱き上げて剥がしてくれるも、イギーは佐倉さんの手からジャンプして逃れると、今度は佐倉さんに向かって「うううう」と威嚇を始めた。


 イギーは僕が大好きらしくて、飼い主である佐倉さんはイギーに舐められていることがよく分かった。




 そんなイギーを宥めながら佐倉さんのお家に上がらせて貰うと、洗面所で顔を洗わせて貰ってから2階にある佐倉さんのお部屋に案内して貰った。因みに、イギーは階段を上るのが苦手らしくて、2階にはついて来なかった。




 佐倉さんのお部屋は、オタクグッズに溢れていると言うことはなく、予想に反してスッキリとしてて、ベッドの布団やマクラにカーテンなどは女の子らしい薄い黄色で統一されていた。


 しかし、先に部屋に上がっていたミイナ先輩により「あれ?全部片づけちゃったの?前来た時はメッチャ散らかってたのに」の一言で、普段はもっと散らかってることがあっさり暴露された。

 恐らく、僕の予想通り、オタクグッズに溢れていたのだろう。



「そ、そそそそんなこと無いですよ?いつも片付けてありますよ?」


「ほんと?ココとかに無理矢理押し込んでんじゃないの?」


 そう言って、クローゼットの扉をミイナ先輩が開けると、ポスターと思われる筒状の物や、箱から出してないままのフィギュアとか、DVDとかBDだと思われる大量のケースだとかがチラッと見えたが、直ぐに佐倉さんが「開けちゃダメ!」と言って閉じてしまった。


 こういう展開ってアニメで良く見るシーンだけど、普通そういうのって男子の部屋だよね。


 まぁ僕の中では既に佐倉さんは重度のオタク認定されてるから別に不思議でも無いけど、高嶺の花だと思ってる今のクラスメイトたちが佐倉さんが自室のクローゼットの中に大量のオタクグッズを隠し持ってること知ったら、やっぱり驚くんだろうな。

 けど、本人は隠してるつもりは無いそうなので、その内みんなにも佐倉さんが生粋のオタクなのは知られるのだろうけど。



「別に今更だし、僕に気を遣う必要は無いですよ。オタクグッズが溢れてても驚かないし」


「ち、違うんです!今更オタク趣味を隠してるわけじゃないです!散らかってるのを片付けただけで・・・」


「僕も二人がウチに来るときは朝から掃除したりしてるし、誰だってそんなもんですよね」


「私はそんなことしないよ?ウチはあるがままを見せてるね」


「ミイナ先輩はそうですよね。僕達に対しては気取らず飾らずですよね」


「実はルミちゃんから、『男の子を呼べる部屋じゃない!』って怒られまして・・・『こんな汚部屋で良い雰囲気になるハズがないでしょ!』って・・・」


「あ、そういうのなんだ。っていうか、私も居るのにアラタと良い雰囲気になってどうするつもりなの?」


「そ、その時は・・・3人で!」


「ナニ言ってんの佐倉さん?良い雰囲気ってナニするつもりなの?3人でナニするつもりなの?アホなんですか?」


「そ、それは・・・お顔をペロペロとか?」



 さっきイギーに怒ってたけど、自分もペロペロしたかったらしい。

 やっぱりアホだ。



 目を細めて『ナニ言ってんだコイツ?』という蔑みの視線を向けるも、佐倉さんは僕の横に腰を降ろして腕を絡ませてきて、目をウルウルとさせて『そんなこと言わないで』とでも言いたげに上目遣いで見つめて来た。


 このあからさまなあざとさとか、どんどんミイナ先輩の影響受けてるな。



 今日の佐倉さんは、ミディアムボブのサラサラ艶々のヘアスタイルに合わせて薄っすらメイクしてるのか、頬が赤身を帯びてて唇がピンクのグロスでプルプルのツヤツヤしてる。

 結構気合入ってる様で、普段よりもセクシー度が割増しだ。


 そんな美人の上目遣い、凄いよ、ホント。

 緑浜高校イチの美人さんと言っても過言では無い美少女と部屋で二人っきりで見つめられたら、普通の男子なら押し倒しちゃうだろうね。


 二人っきりじゃないけど。

 それにもし二人っきりでも、僕は押し倒したりしないし。

 もう僕もいい加減なれたからね、佐倉さんのウルウル上目遣いも、プルプルツヤツヤの唇も、腕組んできて胸を押し付けて来るのにも。


「はいはい」と言って、僕の腕に抱き着く佐倉さんからスルリと抜け出して、本棚の物色を始めた。




 で、3人で集まって何して遊ぶんだ?って話で、映画とかアニメ見るのは普段の部活動でしてるし、ゲームとかは佐倉さんはスマホのゲームメインらしくてゲーム機持ってないし、PCも置いてあるけど、僕には絶対に触らせない構えで近づく事すら警戒してるし。


 あ、因みに、ミイナ先輩が言うには、「佐倉ちゃんのPCはアラタは見ない方が良いよ。人間不信になりかねない」とのこと。

 ミイナ先輩は佐倉さんのPCに何があるのか把握してて、そしてそれは女性は見ることが許されるけど男性には見せられないということなのだろう。つまり、ドギツイ物があるのだろうということは分かったので、言われた通り見るつもりは無かった。



 で、ミイナ先輩が「この間の続き読ませて」と言って前回来た時に読んだ漫画の続きを読み始めたので、僕も適当に興味が湧いた漫画を本棚から抜いて腰を降ろして読み始めると、佐倉さんも漫画を読み始め、結局、色気も味気も無い過ごし方となった。


 因みに、ミイナ先輩がベッドに陣取ったので僕が床に寝転がると、佐倉さんも僕の横に一緒に寝転がった。

 ぶっちゃけ、部室での定位置と全く同じ配置だ。


 そこからは、お菓子ポリポリしながら3人とも無言で漫画を読みふけった。



 で、1時間くらいしたら、佐倉さんがいつもの様に吠えた。



「ちっがーう!私の思い描いてた『お家に初めてアラタくんご招待イベント』はこんなんじゃないです!!!もっと二人の距離が近づくようなキュンキュンイベントなんです!!!」


「いや、もう充分仲良しだし今更そんな必要無いと思うんだけど」


 読んでる漫画が丁度いいところだったけど、とりあえず反応してみた。

 因みにミイナ先輩は既にヨダレ垂らして寝ている。



「それじゃあダメなんです!私はキュンキュンしたいんです!」


「キュンキュンって例えばどんな感じ?」


「うーん・・・ドキドキするようなシュチエーションでしょうか?」


「目が合ってドキっとするとか? 何かを取ろうとしたら相手も同じ物取ろうとしてて、不意に手と手が触れるとか?」


「そうですそうです!そんな感じのです!」


 最近それ以上のシュチエーションが多すぎて、既にドキドキもキュンキュンもしないんだけどね。


 と、そう思いつつ、横で寝転がったまま体ごと僕に向けている佐倉さんの手を握ってみた。



「どう?キュンキュンする?」


「うーん・・・あまり・・・」


「そりゃそうだよ。最近の佐倉さん、僕に遠慮なしでベタベタして来てるんだもん。手を握るくらい日常茶飯事でしょ」


「じゃあ、もっとドキドキするようなことを・・・例えばペロペロするとか!」


 まだ言うか。


 再び『ナニ言ってんだコイツ?』という蔑みの視線を向けてから、読みかけの漫画に戻った。


 視界の端で、佐倉さんが不満げにほっぺを膨らませて「むぅ」と言ってるけど、無視して漫画を読んでいると、寝転んだ体勢まま何の前触れもなく横から抱き着かれて、片方の耳をペロペロ舐められた。



 ぞぞげが立った僕が「ちょ!?ナニしてんのさ!」と舐められた耳をガードしながら叱責するが、佐倉さんは「たぎる衝動が抑えられませんでした」とのたまい、更に「これでアラタくんの耳を最初に舐めた女になれましたよ!これは流石にキュンキュンしますネ!うふふ」と満足気な表情を浮かべた。



 ここで過剰に何かリアクションすると更に何かアホなことを言いそうなので、「へぇ」と敢えて興味無さげな生返事だけして漫画を読むのを再開すると、再び耳を舐めてきた。



 イギーといい佐倉さんといい、舐めたくなるような何かが僕にはあるらしい。

 カブトムシにとっての砂糖水的な何かなのだろう。





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