#47 困惑のモテ期
母さんの車には、助手席にミイナ先輩が座り、後部座席に久我山さんと僕が座った。
ミイナ先輩と久我山さんを二人で座らせるのは宜しくないので、これしか選択は無いだろう。
しかし、案の定と言うべきか、久我山さんは僕にくっ付く様に座り、僕の腕に抱き着いてくるので、母さんやミイナ先輩にはそういうのは見られたく無くて、必死に押し返して距離を取ろうとした。
だけど久我山さんはムッっとした表情をしたかと思うと、更にムキになって激しく僕の腕に抱き着こうとしては、更に僕も抵抗をして見せた。
そんな後部座席での攻防とは対象的に、母さんとミイナ先輩はもう馴染みの仲なので、お喋りに花を咲かせて車を走らせていると、直ぐに佐倉さんの家に到着した。
母さんは、過去に佐倉さんのお兄さんの担任だったことがあり、家庭訪問をしたこともあるのだろう。僕が道案内をしなくても佐倉さんの自宅の場所を今でも覚えていた様だ。
僕が久我山さんから逃げる様に車から降りて佐倉さんを呼びに玄関へ向かうと、母さんも「挨拶するわ」と一緒に降りて来た。
インターホンを押すと、直ぐに玄関扉が開いて、浴衣姿の佐倉さんが出て来た。
佐倉さんは、紺色の生地に白いユリが描かれた浴衣を着ているけど、髪型は見慣れた普段のままで、トートバッグを手に持っていた。
「急いで着替えたんですが、40秒じゃ髪型までは無理だったの・・・」
「いや、この短時間で浴衣に着替えただけでも凄いよ」
「変じゃないですか?」
「うん。紺色の浴衣、佐倉さんの落ち着いた雰囲気に合ってると思うよ」
「ホント?今年買ったばかりなの。気に入ってくれたなら、よかった」うふふ
というやり取りを、ニコニコしている母さんの前で続けていると、母さんから「ナナコちゃん、お母さんにご挨拶したいから、呼んで貰ってもいいかな?」と声を掛けられ、佐倉さんが「お母さーん!アラタくんのお母様がいらっしゃってるよー!」と呼んでくれて、そこから母親同士の挨拶&雑談が始まったので、僕は佐倉さんを車まで連れて行き、乗り込んだ。
後部座席は、右に久我山さんで左が佐倉さんが座り、僕はその間だ。
母さんが戻って来るのを待っている間、佐倉さんは前に座るミイナ先輩に浴衣の事で会話しつつ、僕の左手を握ろうとしてくる。
そして、それを何とか
母さんはまだ戻ってきそうに無く、両サイドから美女たちが与えてくるプレッシャーときたら、高校1年純情男子の僕が過去経験したことの無い程の物で、どう対処して良いのか分からない僕は、直ぐに抵抗することを諦め、二人からはされるがままとなった。
余程、この時の僕の表情が面白かったのか、後日ミイナ先輩から「あの時のアラタ、修行僧みたいな顔してたよ?ちょーオモロかったから、助けずにそのまま見守ることにしちゃった」と言われた。
ミイナ先輩は僕の
このことは忘れずにいようと心に誓った。
いつか仕返ししてやる。
母さんが戻って来て車が走り出してもこの状況が続き、ウチに到着して車から降りると二人は漸く解放してくれた。
◇
ウチは二人家族だけど食卓にはイスが4つあり、今その4つの席には母さんと久我山さんが並んで座り、その向かいに、ミイナ先輩と佐倉さんが並んで座っている。 そして食卓にはお祭りで買ってきた焼きそばやらお好み焼きやらが並べられてて、誰もそれらには手を付けずにお喋りに夢中だ。久我山さんの家で、既に晩御飯頂いてたからね。
因みに、僕だけ席が無くてお喋りの仲間に入れて貰えない、ということは無く、自分の部屋から勉強机のイスを持ってきて、ちゃんと座って4人の会話を黙って聞いていた。
「3人とも流石女の子ね!高校生にもなると可愛いだけじゃなくて浴衣着ると大人っぽさもあって、とっても素敵よ」
母さんは、しきりに3人の浴衣姿を褒めてて、楽しそうだ。
前にミイナ先輩と佐倉さんが遊びに来た時もそうだったし、一昨日ミイナ先輩が来てた時もそうだった。
今日だって、母さんが3人をウチに呼んだ様なものだし。
「そう言えば、浴衣の柄には色々な意味が込められていること知ってる?」
「ええ、私の向日葵は『憧れ』とか『あなただけを見つめる』という意味があるそうです。それで今日は向日葵の柄を選んで着ました」
母さんが浴衣の柄のことを話題に出すと、流石は久我山さんも知ってたらしくて、そう答えた。
「そうなの! あと、ミイナちゃんの朝顔が『かたい絆』とか『愛情』とか、あとは『はかない恋』とか、そういう意味があったかな。 ナナコちゃんのユリは『純粋』とか『無垢』とか。どれも素敵よね!」
「へぇー」
現役教師だけあって、物知りの母さんの雑学に感心して聞いていると、佐倉さんが「アラタくん、新しいパソコン来たんだよね?もう動画データのチェック始めているの?」と部活の映画製作のことを尋ねて来た。
「うん。一昨日ミイナ先輩のお父さんが持ってきてくれてね、昨日からデータのチェック始めてるよ。でも量が多いし、同じ動画を何べんも繰り返して見てるから、佐倉さんに編集指示書渡せるのはもう少し先になりそう」
「そっか。でもアラタくんのパソコンで動画チェックするなら、学校じゃ作業は進められないね」
「うーん、そうなるね。 まぁ、まだ文化祭まで時間あるし、少しづつ進めるよ」
「じゃあさ、夏休みの後半は部活はアラタんちでする?」
今度はミイナ先輩がそう提案してきた。
それを聞いた佐倉さんは、少し驚きつつも、期待した眼差しを僕に向けて来た。
「僕は別にそれでも良いですけど、ここまで通って貰うのは二人に悪い気が」
「私は全然問題ないデス!学校よりアラタくんのお家のが近いし!」
「私もそうだね。アラタの部屋ならクーラー効いてて涼しいしね」
「なるほど。 母さん、邦画研究部で夏休みの間、映画製作の作業をウチでしたいんだけど、いい?」
「うん、いいわよ。 でも、勉強もちゃんとするのよ?」
「勉強の方は大丈夫だよ。 夏休みの宿題もほとんど終わってるし」
「じゃあ決まりだね!早速明日からココで部活だね!」
「ハイ!楽しみです!」
「あ、でもたまには部室に行って映画も見ましょうよ。それに夏合宿だってもうすぐだし」
「そうそう!夏合宿で思い出した! 他の部活が夏合宿でプール借りて泳いでるらしいよ。ウチらも借りて泳がない?」
「へー、良いかもですね。 ずっと部室に閉じこもって映画ばかり見てても、暑くて汗かくし、座ったままだと体じゅうがコリコリになるし、プールで運動するのは良いかもですね」
「なら私はアラタくんに選んで貰った水着持ってきマス!せっかく買ったのに出番無くてどうしようか悩んでたんデス!」
「いやアレは学校で着るのは不味くない?」
「むむむ・・・なら暗くなってから夜のプールで?」
「ナイトプール、いいね。私もスク水飽きて来たし、カワイイの持ってこようかな」
いつもの様に邦画研究部の3人で雑談に盛り上がっていると、珍しく存在感が薄れていた久我山さんが口を挟んで来た。
「色々と聞き捨てならないお話、してるわね?」
「あ、いえ、その・・・」
「邦画研究部の夏合宿って、確か来週だったかな?」
「はい・・・」
「そう・・・。 なら私も水着持って参加しようかな?」
「はぁ?なんでアンタが来るん?部外者は来んなっつーの」
「あら?部活動が夏合宿するのなら、総務委員会としては監督する責任があるのよ?部外者だなんて言われる謂れは無いわ」
「うわ、でた。腹黒女の本領発揮かよ。 ウチには総務委員のアラタが居るんです。ご心配には及びません。受験生は家で受験勉強してろっつーの」
「心配しなくても、勉強ならちゃんとしてます。共通模試でも志望大A判定だったのよ?」
「チッ」
邦画研究部の夏合宿に強引に参加しようとする久我山さんに対して、ミイナ先輩が喧嘩腰で拒絶する態度を見せ、僕と佐倉さんの1年生コンビは、怖くて事の成り行きをただ見守っていた。
因みに、佐倉さんは目の前の光景が怖いのか、斜め横に座る僕の手を握ろうとしてきたので、小声で「(こんなときに何してんの)」と注意するが、不安を隠そうと無理矢理愛想笑いをしようとしたのか、しょっぱそうな作り笑顔を僕に向けて来た。
しかしココで、母さんが仲裁に入ってくれた。
「おばさん、高校の部活のこととか詳しくは分からないけど、みんな仲良くしたら?今日だって折角こうしてウチに遊びに来てくれて楽しくお喋りしてたんだし。それに二人とも、女の子がそんなに怖い顔ばかりしてたら、折角の可愛い浴衣が台無しよ?」
「そうですよね!お母さまの言う通りですよね!」
「むぅ・・・おばちゃんがそう言うなら、仕方ないけど・・・」
で、結局、邦画研究部の夏合宿には、久我山さんが「これで私が遊びに行っても問題ないよね」と言って、参加することが決まった。
「遊びにってハッキリ言っちゃってますよね?もう総務委員長であること、忘れてますよね?っていうか、そもそも泳げないじゃないですか」
「うふふ」
僕のツッコミに、久我山さんは余裕を見せる笑みで一笑に付した。
流石、腹黒女と呼ばれるだけの事はある。
◇
結局、お祭りで買ってきた焼きそばやらお好み焼きは誰も手を付けなかったので、ミイナ先輩と佐倉さんと僕の3人で分けて、それぞれ持ち帰ることとなり、食事よりも浴衣姿をスマホで撮影しあったりと賑やかに過ごして、この日は20時ころには解散となった。
ミイナ先輩のアドバイスに従って、久我山さんのお誘いに応じてみたけど、結果としては何一つ前向きになれるような気持ちにはなれず、ただ疲れただけだった。
母さんの車で3人をそれぞれの家まで送り届けたあと、家に帰って漸く浴衣を脱いでお風呂に入り、お風呂上りにリビングでのんびり涼んでいると、母さんが「お友達が来ると賑やかで良いわね。 明日からも部活でウチに来るんでしょ?アラタが可愛い女の子からこんなにモテて、お母さんも嬉しいわ」と言い出した。
人生で最大とも言える程のモテ期が来ていることは今更否定するつもりは無いけど、母さんの無責任な言葉には「僕の気も知らないで」と、なんだか嘆かわしい気持ちを感じずにはいられなかった。
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