#48 後ろ向きな恋愛観





 邦画研究部では、早速翌日から僕の家で集まることになった。


 時間は9時から15時までと決めて、お昼ご飯は僕とミイナ先輩が担当で自炊することになった。

 料理に関しては、佐倉さんは戦力外だからね。


 それと、あくまで部活動として映画製作の作業をする時間なので、節度を持つために制服もしくは学校指定のジャージで集まることにもしていた。


 学校の部室だと、3人中二人はスクール水着だし、畳でゴロゴロして宿題したりPCやスマホで動画見てたりしてること多いけど、ウチだと母さんの眼もあるので、服装だけじゃなくて活動内容もキチンとしてる。

 そういう意味では、学校での部活動よりもちゃんとしてるかもしれない。


 そして、ウチでの映画製作の作業には3人それぞれの分担がある。

 僕が自分のPCで動画データのチェックと使用するシーンの選定。

 ミイナ先輩は、宣伝や上映場所の選定とか、あとは実際に宣伝用のポスターも僕の部屋に絵の具等を持ち込んで手描きで作成している。

 佐倉さんは、僕の横に座ってアシスタントしながら一緒に動画をチェックしている。

 後で編集ソフトを使って実際に編集作業をするのが佐倉さんの担当なので、一緒に動画を見ながらチェックしておけば、編集作業時にもスムーズに進められるだろう。



 しかし、佐倉さんが僕の隣に座るということが、どういうことになるのか、僕もいい加減に学んでいる。


 初デートの時は、佐倉さんとは友達としての距離が物理的に縮まったのだと思い、悪いことでは無いだろうと前向きに考えていたけど、昨日の祭りの後で遅れて参加することになった佐倉さんを迎えに行った時の車中で、佐倉さんは母さんやミイナ先輩、そして僕に告白してくれた久我山さんが居ても、僕との距離を詰めて、手を繋ごうとしていた。

 久我山さんに関しては、僕が告白されたことはミイナ先輩にしか話していないし、佐倉さんは知らないのだけど、それにしてもあの引っ込み思案で、僕の前ではモジモジして目も合わせられなかった佐倉さんが、ほんの数か月でこうも大胆な行動に出てくる様になるとは誰が予想出来ただろうか。


 いや、部室でスクール水着になるくらいだから、変なところで大胆ではあったのだけど、色恋沙汰には興味無いと思ってたし、僕のことはオタク目線での推しだと思ってたからね。

 まぁ、それを言ったら、真面目で模範生だと思ってたのに、海水浴のデートの最中に豹変してスキンシップに遠慮が無くなった久我山さんもそうなんだけども。




 で、動画チェックの作業中、集中してディスプレイを見つめている僕の隣に座る佐倉さんはどうしてるかと言えば、やたらともたれ掛かってきたり腕に手を回して来たり、ディスプレイ見ずに僕の横顔をガン見してたりする。

 それに、お互いTシャツなどの薄着だから、佐倉さんの胸の感触がダイレクトで来るのが非常に困る。

 本人は全く気にしてない様子だけど、僕は気にする。

 なので、腕に抱き着かれても「作業の邪魔」だとばかりに直ぐに振りほどく。


 そして、ミイナ先輩は助けてくれない。

 むしろ困っている僕を見て、面白がっている。

 なんなら、たまに僕たちの作業の様子を見に来ては佐倉さんとは反対隣に座り、一緒になって佐倉さんと同じようにグイグイと腕に手を回して、更に僕を困らせようとする。

 ミイナ先輩は元々こういう人だったけど、この時は絶対にわざとやっていた。

 目がそういう目をしてるからね。


 けれど、いくら二人の美少女にベタベタされても、僕はデレデレしない。


 以前、ミイナ先輩から『こんなに可愛い子達と仲良くなって近い距離で居たら、普通の男子なら考えなしに下心丸出しでデレデレしちゃう』と言われたことがあるけど、僕にはどうにもデレデレするというのが出来ない。


 そりゃ僕だって、健康的な男子高校生だから、女の子と仲良くしたり、手を繋いだりすることに嬉しい気持ちはちゃんとある。

 久我山さんに告白されたことだって、本音では嬉しいし、佐倉さんに推しだの神だの言われるのだって、戸惑いつつもやっぱり嫌な気持ちでは無い。


 けど、女の子に近い距離でグイグイベタベタされると、恥ずかしいというのもあるし、毎回ブレーキがかかるみたいな感じ?

 理性が働くというのとはちょっと違う、『期待してはダメ』とか『そんなの今だけ』とか、そんな冷や水の様な言葉が頭の中に響いて来る。


 それはきっと、僕の恋愛観の影響だろう。



 自分にとって憧れや尊敬の念を抱いていた両親の離婚が、僕の恋愛観に大きく影響を及ぼした思っている。


 小学生の僕にとって、父さんも母さんも当時は絶対的な影響力を持っていた。

 教師という周囲から一目置かれる職業で仕事に真面目な二人の姿勢も、夫婦として愛し合いお互い尊重しあう生き方も、そして親として息子である僕に対しての愛情や教育も、全てが僕にとってはお手本にするべきだと思える二人だった。

 当時の僕は、尊敬する人は?と聞かれれば、胸を張って『父と母です』と答えていただろう。



 だけど、その二人は離婚してしまった。

 愛し合って結婚したはずの二人の間には、いつの間にか亀裂が生じ、夫婦関係を継続出来なくなっていた。


 二人とも、教師と言う職業柄なのか人一倍責任感が強く、そして自分にも他人にも厳しい性格だったと思う。

 二人のそういう性格は、今でも悪いことだとは思わないし、尊敬すべき生き方だとは思うけど、相性が悪かったのだろう。

 15歳の僕は、そう結論付けている。


 母さんのことも父さんのことも、親としては好きだし、人間としても尊敬している。

 でも、こと恋愛事に関しては、二人は失敗した悪い見本だと思っている。



 だから僕は、慎重になる。

 相手の好意を感じても、それを鵜呑みにはしないし、簡単に信用もしていない。

 添い遂げると誓い合う程の強い愛情でも、いつかは冷めてしまうことを知っているから。


 僕のこの恋愛観については、ここまで掘り下げてはいないけど、久我山さんには少しだけ話したことがある。

 告白してくれた直後に、了承することも断ることも出来なくて、困った末に結論を出すのを待ってもらうために話した。

 その時は、『両親が離婚しているのを見ているから、恋愛に積極的になれない』と簡単に話した。


 流石に本人に対して、「あなたの好意が信じられない」とかは言えないからね。

 佐倉さんに対しても、「久しぶりの再会で今はテンション高いけど、その内にその熱も冷めるんでしょ?」とは思っていても、口に出しては言えない。


 だから、こんな風にグイグイとスキンシップを迫られても素直に喜べないし、傷つけるのが怖くて強く拒絶することも出来ないから、困る。




 こんな僕でも、いずれは恋人を作り、出来れば恋愛結婚したいと思ってはいる。

 でも、それは今じゃない。

 目の前の恋愛事から逃げて、問題を先送りにしているのは分ってる。


 だからこそ、何時までも後ろ向きでは良く無いとの思いから、婆ちゃんの1周忌を期に前向きになろうと考えて、それまでは色恋沙汰には目を向けずに、学校生活に積極的に取り組んでいくつもりで居たけど、今の僕を取り巻く環境は、そんな僕をまるで嘲笑うかのようだ。



 もし、佐倉さんも久我山さんも男子だったら、僕は素直に心を開いて友情を深めることが出来たのだろうか。

 そんな風に最近は、男女だから余計な恋愛感情が邪魔している様に思うことすらある。



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