#52 漸く夏合宿がスタート
新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
________________
僕が部室に入って来てもミイナ先輩は相変わらず久我山さんへの威嚇を続けていたけど、久我山さんはそんなミイナ先輩を放置して、「私もスクール水着だと邦画研究部の一員に見えるでしょ?」と言いながら怯える佐倉さんの腕に自分の腕を絡ませて、「うふふ」といつもの様な微笑みを僕に向けてポーズを取った。
二人の美少女がスクール水着姿で腕組んでキャッキャウフフ(片方は怯えてるけど)と魅せられたら、普通の男子高校生なら興奮間違いないだろう。特にこの二人は緑浜高校では誰もが知る美貌の持ち主だ。こんな状況を他の生徒が見たら、大騒ぎ間違いなし。
だけど今の僕にはそんな物は通用しない。
ここ学校だし、総務委員書記だし、今部活中だし、何か問題にでもなって母さんの耳にでも入ったらと考えると、恐怖しかない。
「そもそもスクール水着だと邦画研究部に見えると言う認識がオカシイんですけど、3人とも仲間には見えますよ。愉快な仲間達的なイロモノとしてですけど」
「だからこの腹グロ女は部員じゃねーし!仲間でもねーし!」
「あら、まだ言ってるの? 峰岸んさんも往生際が悪いわね」
「あ、あああアラタくん・・・わた、わわわ私、このお二人と一緒なの怖いです・・・夜寝る時は一緒に寝て下さいね!」
「はぁ・・・これから夏合宿だっていうのに、始める前から僕は頭痛くなってきましたよ」
学校の部室という狭い空間で男は僕だけで、僕以外みんな水着姿で怒ってたり怯えてたり豊満な胸を自己主張してたりとカオスな状況での夏合宿スタートとなった。
そんな状況に、『これは副部長としてこの二日間、気を引き締めなくてはいけない』と誓いを新たにした。アラタだけに。
ということで、部長のミイナ先輩がスネ気味なので、副部長の僕が二日間の予定や食事や夜の就寝時のことなどを説明することにした。
■1日目
<午前> 映画視聴2本
ミイナ先輩チョイス作品1本と佐倉さんチョイス作品1本
<お昼休憩> コンビニに全員で買い出し、食事は部室で。
<午後> 映画視聴2本
僕チョイス作品1本とミイナ先輩チョイス作品1本
<夕方休憩> コンビニで全員で買い出し、食事は部室で。ついでに翌日の朝食も購入しておく。
<夜> プールで遊ぶ。お風呂の代わりにシャワーも済ませる。
<就寝> 僕は総務委員会室で、他の3人は部室で。
■2日目
<起床> 顔洗ったら朝食を食べて、部室の掃除。
<午前> 映画視聴2本
僕チョイス作品1本と佐倉さんチョイス作品1本
ここまでで合宿は終了でお昼には後片付けをして解散の予定だったけど、終わったらファミレスにでも行って食事をしてから解散ということになった。
他には、お手洗い等は映画視聴中はなるべく控えることや、部室を出る時は水着のまま出ない(ジャージやシャツ等を上に着る)こと、校則に反する行為や喧嘩などはしないように注意事項として僕の方からキツメに言い渡した。
すると、3人からは不満が噴出。
「喧嘩も何も部員以外の女が混ざってるのが問題なんだし!」
「アラタくんだけ別の部屋なんてズルイです!私も総務委員会室で寝ます!」
「佐倉さんよりも総務委員会の私が上(4階にある総務委員会室)で寝るわよ?私とアラタくんが二人で寝るから佐倉さんと峰岸さんは部室でどうぞ」
「そ、それの方がズルイです!久我山先輩一人でアッチ行って寝て下さい!アラタくんは部室で寝るんデス!」
「そーだ!そーだ!腹グロ女は一人寂しくアッチ行ってろっつーの!」
ダメだ、この人たち。
節度もクソもあったもんじゃない。
合宿の出だしから思いやられてばかりだったので、お説教をすることにした。
「あのですね、総務委員会からの注意事項に『就寝時は男女別々に』って書いてあったでしょ? 久我山さんも久我山さんです。総務委員長が自ら規則破ろうとしてどうするんですか。あんまり我儘が過ぎると帰って貰いますよ? ミイナ先輩もいい加減にして下さいよ。部長なのに何でもかんでも喧嘩腰で空気悪くしてたら1年の僕や佐倉さんが物凄く気を遣うことになるんですよ?先輩らしくドンと構えてて下さいよ。 それに佐倉さんもいい加減しっかりして下さいよ。寝る時くらいは僕に甘えずにキチンと大人しく寝て下さいよ」
僕がクドクドとお説教を始めると、3人とも畳の上でシュンと首を垂れた。
副部長兼書記とは言え、1年の後輩に怒られる部長と総務委員長、そして同級生。
一見シリアスなシーンの様に聞こえるかもしれないけど、この3人、スクール水着なんだよね。
ビジュアル的には相変わらず緊張感が皆無だ。
そして、僕のお説教くらいで大人しくなるような人たちでも無いのも事実。
何せ、2年では腫物扱いで有名なミイナ先輩と、3年では優等生として全校で認知されつつ腹黒い裏の顔を持つ久我山さんだ。僕のお説教くらいで大人しくなる様な人たちじゃない。
「委員長のクセに書記に怒られてやんの。だっせー」
「アナタだって部長のクセに副部長に怒られてるじゃないの。アナタもダサイわよ?」
「まだ続けるつもりですか?もう合宿自体中止しましょうか?」
再びつまらない口喧嘩を始める二人に向かって最大級に不機嫌な表情を作って窘めると、僕がこんな顔をするのが珍しいせいか今度こそ二人とも大人しく黙った。
邦画研究部はミイナ先輩が自分の居場所を作る目的で作った部活だし、ミイナ先輩の気持ちも分かるんだけどね。
だからと言っていつまでも子供みたいに駄々こねられても誰も得しないし、今日と明日の二日だけは我慢して欲しいというのが、正直なところだ。
久我山さんだって、普段はこの程度の挑発は軽く受け流すくらいの余裕があるはずだ。
なのに、お盆のお祭り以来ミイナ先輩に絡まれると、受け流せずに簡単に挑発に乗ってしまっている。
むしろ子供みたいにムキになって、対抗心を燃やしてる節すらある。
女性同士というのは、どうしてこうも面倒なんだろうか。
そもそもミイナ先輩が久我山さんを目の敵にしてるのは過去の恋愛が絡んでいるし、久我山さんがミイナ先輩の挑発に乗ってしまうのもミイナ先輩との距離が近い僕への執着心が強く影響してるのだろうし、佐倉さんだって折角仲良くなれても友人関係を超えた距離感でベタベタしてくるし、みんな恋愛感情を抱くからおかしくなってるのでは無いのだろうか。
僕は純粋に友達として、そして部活の仲間として夏合宿を楽しく過ごしたいのに、この人たちにその気持ちが分かって貰えないのが腹立たしくもありじれったくもあった。
◇
スタートからグダグダになりつつも、何とか緊張感を持たせつつ1本目の視聴に備えてお手洗い休憩を取ることになった。
3人とも上にTシャツや体操服を着こんだので4人で部室棟3階のトイレに行き、一人だけ男子用に入った僕が用を済ませて出てくると、直ぐに久我山さんも出て来た。
「早すぎないですか?大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫。 それよりもさっきはごめんね?峰岸さん相手だとなんだか調子が狂って私もムキになっちゃうの。アラタくんを困らせるつもりは無かったんだよ?」
「ええ、何となく見てて分りました。 普段の久我山さんならあの程度の挑発くらいじゃびくともしないですよね。ミイナ先輩だといつもの調子が出ないんだろうなって」
「峰岸さんのことよりも、二人きりの時は『リョウコちゃん』でしょ?ちゃんと『リョウコちゃん』って呼んで頂戴」
「はいはい、リョウコちゃん」
「むぅ。なんだか面倒臭そうに言ってない?今は保留でも恋人候補なのを忘れないでよ?」
久我山さんは僕の腕を掴み、そう言いながら目を細めて顔を寄せて来た。
これは機嫌が悪い時や怒った時に相手に圧を掛ける時の目だ。
久我山さんが相手を従わせるときの常套手段だとも言える。
なんだかんだと久我山さんとは一緒に居る時間も増えてお互い心を開いているので、いい加減久我山さんの手の内も読めるようになってるんだよね。
海水浴デートの前だったのなら、こういう時に僕はビビって久我山さんの意思に背くことなく従順に従っただろう。
だけど、今の僕は久我山さんに対してそこまで脅威を感じない。
海で揶揄い過ぎて泣かせちゃったくらいだしね。
「あくまで候補で恋人じゃないですよね。うん、候補候補」
久我山さんのプレッシャーをさらりと受け流して涼しい顔して「候補候補」と呟いていると、「もう!ホントに意地悪なんだから!」と興奮気味に怒りながら抱き着かれた。
そして、「そういう意地悪なところも、大好き」と僕の耳元で囁き、耳たぶをパクリと食べられた。
ぞぞげが立った僕が慌てて振り解くと、久我山さんは右手の甲で口から垂れたヨダレを拭い、「アラタくんの耳、ちょっとしょっぱいわね」と僕の耳たぶの感想を述べた。
年上で尊敬する先輩であり我が校では多くの生徒が憧れる久我山さんが、後輩男子の耳を味わい喜ぶ姿に、今まで感じていた圧とは別の恐怖を感じる。
佐倉さんにも似たようなことされたけど、佐倉さんには恐怖を感じなかった。ただ『アホな子』と思う程度だ。
しかし、今の久我山さんからは獰猛な肉食獣に狙われた兎の様な恐怖を感じる。
完全にロックオンされているということが、今更ながら身に染みたてきたのだろうか。
そしてふと気づく。
この人の交際申し出を断った時、僕はただで済むのだろうか?と。
______________
年末と新年のあいさつする為にストックしてた2話分を公開しましたが、続きのストック無しでまた更新お休みします。
ごめんなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます