#09 委員長の微笑み




 総務委員会全体の集まりが終わった後、久我山委員長の呼びかけで執行部(役職を持つ8名)が個室(総務委員会室)へ移動して居残りミーティングをすることになった。


 個室に入ると、教室に置いてあるのと同じ机とイスのセット8つがロの字に並んでて、久我山委員長は入口から見て正面奥の席に座った。


 それを合図に他のメンバーも各々好きな席に座ったので、僕は最後まで空いていた久我山委員長の隣の席に座った。




「みなさん、残って貰ってごめんね。 これから1年、総務委員会を運営するにあたってココに居る執行部メンバーとは密に連携を取っていく必要があると思ったので、今日は少しだけ居残りをお願いしました」


 久我山委員長は、先ほどの会議室でのみんなの前でスピーチした時とは違い、物腰の柔らかい口調で話していた。

 その影響か、執行部メンバーも緊張していた表情を崩して、笑顔を見せていた。



「それで、まずは自己紹介から始めましょうか。 先ほども挨拶したけど、久我山リョウコ、3年1組、去年は生徒会に所属していたから、3年と2年の子たちは顔と名前くらいは知ってるかな? 今年は総務委員会の委員長という大役を任されて、少し気が引けてる部分もあるけど、任されたからには頑張りたいと思ってます。 どうか皆さんの協力をお願いします」


 久我山委員長がトップバッターで自己紹介を終えると、みなさん拍手をしたので、僕も同じように拍手をした。


 続いて副委員長の香山さん(3年男子)の自己紹介が続き、会計、渉外役、渉内役、広報、補佐と続き、最後に1年で書記の僕の番となった。


「初めまして、進藤アラタと申します。1年3組で、この春、緑浜市に引っ越してきたばかりです。 この中では唯一の1年生で右も左も分かってませんが、足を引っ張らないように頑張りたいと思いますので、みなさん、どうか厳しくご指導をお願いします」


 パチパチパチ、と皆さんが拍手をしてくれて、それが止むと、久我山委員長が僕に向かって話し始めた。


「進藤くんは1年生なのに、ココにいる執行部メンバーの中で唯一立候補してくれたんだよね。 普通はみんな面倒な仕事を嫌がるのに、とても立派だと思います。 期待してますので、一緒に頑張ろうね」


 不意に久我山委員長が励ましの言葉を掛けてくれて、感激して思わず目頭が熱くなったけど、久我山委員長が続けた言葉を聞いて、更に驚いた。


「ところで進藤くん。君は引っ越してきたばかりって言ってたけど、豊浜小学校の出身じゃないかな?」


「え!?どうしてご存じで?」


「私も豊浜小出身だからね、君を見ていて、2つ下の学年に同姓同名の子が居たのを思い出して、それで、もしかしたら?と思ったの。やっぱりそうだったんだね」


「なるほど。 確かに5年生まで豊浜小学校に在籍してました。 5年の1学期に家の都合で転校しましたので中学3年までは他所の町で過ごしてましたけど。 学年が違うのに、よく昔のことを覚えていましたね」


 実際の所、僕は久我山委員長のことは記憶にない。

 まぁ、小学生の頃の2学年上なんて、ずっと年上の存在だと思ってたから交流無かったし、きっと会話もしたことないだろうから知り合いでもなければ覚えてなくて当然なんだけど。


「当時の進藤くんは、ちょっとした有名人だったからね。 何だったかな・・・確か、『カミサマ進藤』だったかな?」


「う・・・本当によくご存じで・・・」


 僕と久我山委員長が二人で雑談を続けていると、他のメンバーも興味が湧いたのか、「なんですか?それ」と質問してきた。


 すると、久我山委員長が皆さんに向かって説明を始めた。


「進藤くんと私は豊浜小学校の先輩と後輩でね。 当時、進藤くんは『カミサマ進藤』って呼ばれて私の学年でも噂を聞く程の有名な子だったの。 それでそのあだ名の由来が、小学生にして清廉潔白な人柄で、周りの友人が困っていると自分のことは置いて直ぐに助けようとしたり、トラブルや喧嘩があると仲裁に入って治めてしまうの。 それで、学校中の生徒達から尊敬されてて『カミサマ進藤』って呼ばれてたの」


「へぇ~、小学生でそれは凄いですね」


「いえいえいえ、周りの友達が大げさに揶揄ってただけですよ。そんな大層な物じゃないです」


「いずれにしろ、進藤くんにはこれからの活躍を期待してるからね! よろしくね!」


 久我山委員長は僕に向かってそう励ますと、ウインクをした。

 そんなお茶目な姿に、ちょっぴりドキっとしてしまった。


 久我山委員長も容姿の整った綺麗な女性だ。

 黒髪をハーフアップにしてて、少しタレ目で泣きボクロが印象的で、ふくよかな顔と体形からは包容力を感じるけど、たまに見せる意思の強そうな表情もギャップがあって、ほんわかした見た目に反して男を魅了するような魔性の魅力を秘めている様に感じた。

 なんと言うか、異性を扱うのが上手な感じ? まだ少ししか会話していないけど、相当モテるんだろうな、と思えた。




 雑談も程々にして、明日からの執行部の具体的な活動内容の確認や、ノートPCなどの備品の使用ルールや活動日誌の作成と提出に関する手順の説明、その他にも執行部メンバー用のチャットアプリの設定等を終えて、この日の執行部ミーティングは終了した。


 僕の主な役目となる活動日誌に関して、どんな内容で作成すれば良いのか知っておこうと、許可を取って去年の活動日誌のファイルを一冊借りて、この日は帰ることにした。


 執行部のみなさんも同じタイミングで帰る様で、全員で委員会室を出て久我山委員長が施錠をすると、その場で解散となった。



 僕は自分の教室に荷物を取りに行こうと一人で廊下を歩いていると、しばらくしてから「進藤くん!ちょっと待って!」と呼び止められた。


 久我山委員長の声だと直ぐに分かったので、足を止めて振り向くと、通学用バッグを抱えた久我山委員長が息を切らせてこちらに向かって走ってきた。


「どうされました?そんなに慌てて、何か急用でもありました?」


「うん、途中まで一緒に帰ろうと思って、追いかけて来たの」


「え?僕とですか?」


「うん。 進藤くんはいまはドコに住んでるの?豊浜小の学区内?」


「今は豊浜小の学区内では無いですね。この学校から自転車で10分くらいの距離です。 でも方向は豊浜小と同じ方向ですね」


「10分程ってことは、山根町のセブンイレブンのある辺り?」


「そうですそうです。ホント、久我山委員長は何でもご存じなんですね」


「いつも通学ルートで通ってるからね。たまたま覚えてただけだよ。でも、それならソコまで一緒に帰れるよね?」


「そうですね。僕なんかで良ければご一緒させて頂きます」


「うふふ、じゃあ君の荷物を取りに1年の教室まで一緒に行こうか」


「はい、行きましょうか」



 久我山委員長は流石3年生と言うべきか、話題が豊富で、二人での帰り道はずっとお喋りしてて、別れるはずだったセブンイレブンに着いても立ち止まって帰ろうとはせずに、まるでまだまだ話し足りないかの様にお喋りが続き、暗くなってから漸く「これからも機会があれば一緒に帰ろうね。 それと、君と私はもう友達だから、二人だけの時は委員長とは呼ばずに『リョウコ』と呼んでくれると嬉しいな。 じゃあまた明日!おやすみなさい!」と少しだけ照れくさそうな表情で言い残して、自転車に乗って帰って行った。


 

 3年生で委員長だと思うと、最初はどうしても緊張してしまったけど、僕が緊張しているのが分かっていたのか、二人でお喋りしている間はずっと柔らかい微笑みを僕に向けてて、気付けば緊張は無くなり、僕もニコニコと自分の話をしていた。

 きっと、気遣いが出来る大人の女性なんだろう。

 僕のことを『友達』だと言ってくれたのは、凄く光栄で嬉しかったけど、でもやっぱり名前で呼ぶのは恐れ多い気がしたので、これからは親しみを込めて『久我山さん』と呼ぶことにした。








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