4 父島偵察(沖田救出)2

 純白のガネットフェンサーが、単機で太平洋の大海原を飛翔する。


『こちら美香。現在父島、北東五十キロ、これより低空からオベリスクに向かいます。そろそろ通信が難しくなります』


「了解。艦長! 必ず戻ってきてください、イチゴ大盛りのミルフィーユを、おごってあげますから」

 指令室の女性クルーが叫ぶように言う。


『たのしみにしてるわ』

 美香は、カーズに気づかれないよう海面から十m程度の超低空飛行に移行した。


 しばらくすると、水平線に黒い点が一つ二つと少しずつ増え、それは正面の水平線全体を覆うカーズの群れとなってくる。


「やはり、見つからずに行くのは無理か。これは、すさまじい」

 さすがの美香も息をのんだ。モニターで海風にも状況が映しだされクルーも絶句している。突然シルビアがマイクを取り


「艦長! 帰還してください。こんなに多くのカーズでは救いようがありません、艦長の身が危険です! 」


 しかし、美香の返事はなく、これを最後にオベリスクによる電波障害で、モニター画像は雑音とともに消えた。海風の指令室のクルーは祈るしかなかった。


 美香はカーズの群れを避けるように大きく迂回し上空から父島に近づく。それでも最後にはカーズに前方を塞がれるので戦闘を始めるが。攻撃はできるだけ控え、かわすだけの動作でオベリスクのある島に近づいた。


 頃合いをみて煙幕をだし、墜落するように見せかけて沖田のいそうな海岸沿いの海面に着水しそのまま沈んだ。


 ガネット零式は、潜水して潜望鏡で洋上を確認しながら島の岸に近づくと、断崖の下の磯が白波をたてているのが見える。

 さらに注意深く観察すると岩場の奥に海食洞窟があり、その隅にパラシュートの破片が見えた。


 美香は潜水したまま洞窟に接近すると、中から救難信号の電波をキャッチし、そのまま薄暗い洞窟の中に入り岩陰に横たわる沖田を見つけた。

 怪我をしているようで岩によりかかっている。

 美香は直ぐに浮上した。


 沖田は突然海面から顔を出した白のガネットに一瞬驚いたが、よろけながらも立ち上がった。


 美香がコックピットのキャノピーをあけると、潮の香りが胸に広がり、漣の音が洞窟に反響している。美香は、岩場に接岸すると機を降り


「どうやら生きていたようね」

「艦長自らこんな危険な箇所にくるなど、どうかしているぜ」

 強がりを言う沖田に


「歩ける」

 沖田は頷いて歩こうとするが、足を怪我をしているようで顔をゆがめて膝をついた。


「捻挫みたいね、肩をかしてあげるから」

「大丈夫です!」

 沖田は、立ちあがろうとするがよろけるので、しかたなく沖田は美香の細い肩に手をかけた。


(こんな、華奢な体でカーズを相手にし、さらに海風の艦長を務めているのか)

 沖田は、小さな体で、よろけながら沖田に肩をかして歩く美香を、呆然と見下ろした。

 頭一つ小さい美香は見上げるように。


「どうしたの」

「い…いえ、大丈夫ですか」

「平気よ、これくらい。以前は訓練で、戦友を担いで走ったりしたのですから。だいたい最近の若い連中はたるんでるから、海風で私も参加して厳しい特訓をさせているの」


 美香は息をきらしながら言う。海風で一番若い美香が「若い連中」などと言うのに呆れながらも

「ほう。どんなことですか」

「早朝の自主特訓のランニングで遅れた者は罰として私を担いで一周させるの。私が艦長と言えないから、加藤大佐から艦長命令ということで実施したのだけど、やはり海風の兵隊は精鋭ぞろいね。この厳しい鍛錬に結構自主的に参加する兵隊が増えてきているのよ」


「そ…そうなのですか…」

 自慢気に話す美香に、沖田は吹き出しそうになっている。

 美香を抱いて走るなど、どうみても罰ではなく、ご褒美としか思えない。それが目的で兵隊たちは鍛錬に出てきているのだろう。そんな沖田に


「何が、おかしいの? 」

 丸い瞳で自分を真剣に見つめて不思議がる美香は、どこにでもいる普通の少女の瞳だった。

 こんな、危険な場所に一人で来る強者とは思えない。それと、美香のしぐさや口調は以前どこかで会ったような、懐かしい感じがする。


 美香と沖田はガネットの機体の前にきて、乗り込もうとすると、大きな問題に気付いた。


「うーむ……」

 美香が唸っていると

「どうしたのです」

「これ、単座だった」

 すると、沖田は笑って


「しかたない、私はここに置いていってください」

「ば…馬鹿いわないで」

「じゃあ、どうします」

 少し意地悪な質問だ。


「しかたない…私の方が小さいからあんた下に座りなさい、その上に私が座るから」

 沖田の膝の上に美香が座った。沖田が、美香を抱える形となる。

「変なことしないでよ」

「わかってますよ」


 美香は静かにガネットを発進させ、洞窟の外に出ると最大出力で海上を滑走し、宙に舞った。強い加速のGで、美香は背中の沖田に押し付きながら、少し振り向いて


「カーズは気づいていないから。このまま一気に飛んで浮遊カーズを振り切ります。でも、いずれ遭遇して戦闘になるでしょう。そのときは沖田大尉、マンツーマンで戦闘を教えることなんて、まずないから私の操縦をよく見ておきなさい」

 沖田は、フンと鼻で返事したが、直ぐにその操縦に驚愕した。


 洞窟から飛び出すと、しばらくして浮遊カーズが迫ってきたが、美香は弄ぶかのように寸前でかわしていく。


 そのとき、ミドルカーズが海中から飛び出して正面に立ちはだかった。沖田は青ざめたが、美香は落ち着いている。ガネットはミドルカーズの触手の中に入っていくが、向かってくる触手を紙一重でかわしている。


「いいこと、相手の動きを見てからではだめ! 触手の動きを予測して、その前に機体を動かすの。右からくる触手は次に真下にきて、そのあとこちらにくるわ」

 そのとおりの挙動で触手は向かってきた。さらに真下からくる触手にも美香は可憐に機体を左に傾け避けていく。


 美香は次々に向かってくる触手の動きを、すべて読んでいる。

「どうしてわかる」

「触手には動きに癖がある。それと、真っ直ぐには向かってこない。ジグザグあるいは、一定波形の波のように向かってくるの」


 沖田も見るが、とても目で追えない。さらに驚きは、それに合わせてこのガネット零式の操縦方法だった。時に激しく、時に微妙に、ステアリングを補正し、同時にスロットルの出力、他を調整している。

 しかも上下、回転運動をしても美香自身の操縦の姿勢にブレがない。沖田は(それで、あのビッグカーズの触手の中を飛んでいけたのか。ほんとに、女子高生なのか……)


 膝に抱えている、この小さな少女の動きは神業としか思えない。

 美香はカーズの攻撃を振り切り、海風に向かって飛んでいく。しばらくして回線が戻ると海風に通信した。沖田大尉救出の一報を受けた指令室が沸いた。


 美香は海風にもどり着艦すると、機体はそのまま格納庫に誘導される。

 沖田の膝の上の美香はシートベルトをほどいて後ろの沖田を見ながら

「あー。窮屈だった。ねえ、どうだった」


 沖田に振り向いた目の前の美香の白い頬と、薄い唇がほとんど触れそうで、さすがの沖田もどきりとして、うっかり逆噴射の急ブレーキを踏んでしまった。


 そのとき、シートベルトを外した美香が前に飛び出しそうになり、沖田が美香を後ろから抱えるように摑まえた

「大丈夫ですか」


 沖田が言うが、美香はなにやら怒っている

「ありがとう……でも、その手、早くはなして! 」

「あああ! 」


「こ…これは軍法会議ものだぞ! 」

「す…すみません、これはわざとでは…」

「ほんとに! わざと急ブレーキしたでしょ、それに触ったのは事実でしょ! 」


 無線がオープンになっていて話はすべて聞かれているが、指令室では何が起こったかわからない(触った…って、なにを)


 帰ってきて事情を聴くと、どうも沖田が抱えたとき、美香の胸をつかんだらしい。それで、美香は激怒したのだった。それを聞いたクルーやパイロットは


「沖田大尉いいなー! おれも行方不明になって、艦長に救出にきてもらいたい」

「ばかいうな…でも、いいかも」

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