第三部 深海の大決戦

1 深海の死闘(美香と加藤)

「霧の雷鳴」作戦の参戦のため、美香はいつものように自宅で支度をすると、両親に挨拶をした。

 両親はいつものアルバイトと思っているようで

「気を付けてね」

 戦場に行くにも関わらず形だけの挨拶で、あまり心配しているように見えない。

 薄情な親だと思い、これでは娘がグレるの無理ないと持ったが、今の美香にとっては、その方が気楽でもあった。


 その後、海軍基地から軍用機で、先行している太平洋上の海風に向かった。

 海風はすでに戦闘域のグアム沖まで三日の距離に迫っている。

 美香は海風に着任すると、すぐに作戦の準備計画の確認など溜まっている雑務を処理し、夕方になると、デッキで一息ついた。


 太平洋は晴れ渡り、穏やかにうねる洋上を海風は順調に航行している。この後に、カーズとの激戦が待っているなどと、とても想像できない。


「ひさしぶりに将棋でも指しませんか」 

 将棋盤をもった加藤が美香に声をかけてきた。

 美香はうなずくと、さっそく長椅子を置いて二人で将棋を指し始めた。心地よい潮風の中、加藤は駒を動かしながら


「ところで艦長、このところお疲れが見えるのですが」

 美香は、盤面を見据えたまま

「それを、話したかったのか」加藤の心配を理解した美香は、少し考えて持ち駒を打つと


「そうだな、お前だけには正直に言おう。このところカーズとの戦いがむなしく感じる時があるのだ。というのも近頃、カーズは決して憎むべき相手ではないように思えるようになってな」

 意外なことを言う美香に加藤は


「ほう、確かにカーズは、人間の勝手な研究の犠牲者でもありますからな。しかし、カーズをシャチのような獰猛な動物だと言っておられたのに。しかも宮部中将のご両親もカーズに殺されている」


「そうなのだが、死んだはずの私の中の美香さんが何か言おうとしているようで仕方がない。美香さんは幼いころカーズと何かあったようで、カーズの夢をよく見るのだ。それで最後はいつも沖合に黒い塊が出てきて、うなされる」

「ビッグカーズですか」


「たぶんそうだ。なぜかそれを見ると、つらく悲しい気持ちになる」

 二人とも目を合わさず、うつむいて将棋盤を見て話している。

 お互い独り言で話してるようで、案外言いたいことが言えるのだった。

「艦長がナーバスになるのは意外ですな。女性になられたからでしょうか」


「そうかも知れないな。時々自分が何者なのかわからなくなる。やはり七十歳の爺さんが十七歳の少女になるのは無理がある。リタイアして余生を過ごそうと思っていたのが、また十七歳からやり直しだ。十七歳の少女といえば恋愛をはじめとして、将来への夢や不安が入り交るのだが、すでに悟った十七歳には、これから死ぬまでの長い時間があるだけだ」


「そうですか。しかし、大抵の人は、人生をやり直したいと思うものでしょう。しかも、若く美しい女性としてやり直せて、うらやましい限りですが」


「……そう見えるか。確かに望みすぎかもな」

 どこかさみしげな表情をする美香に加藤は何も言えない。

 心配してくれる加藤に美香は、気を取り直し話題をかえる。


「この座り方は疲れる。お前はいいな、またいで座れて」

 加藤は両足をひらき正面に将棋台をおいて長椅子を跨いで座っている。一方、美香はミニスカートのため足を揃えて横座りし、体をまげて指している。そんな美香に加藤は


「まあ、二人だけですから、以前の宮部中将のように跨いで座ってはどうですか」

「そうだな、お前にならガキのパンツくらい、見られてもかまわん」

 立ち上がり足をひらいて、長椅子を跨ごうとすると、後ろから


「だめです! 艦長」


 シルビアだった。いつしか美香たちのそばにいた。

「またですか! ひょっとして、加藤大佐の前ではいつもこうなのですか」

 美香は焦りながら


「そんなことはない、絶対ない! 」

「艦長は年頃の女の子なのですよ! こんなお爺さんに見せるなんて、亡くなられた美香さんがなんと思うか」

 美香と加藤は言葉がない。


「いつからそこに…ところで、何かようですか」

 美香は、つい丁寧な言葉になっている。一方シルビアは息を整えると。


「そのう……艦長を田口提督がお呼びですが」

 それを聞いた美香は頭を抱えた。加藤が横から呆れながら

「ははは、またですか」


 美香もうんざりした口調で

「わかった、行くと伝えてくれ。また酒のしゃくを、させられそうだ」そこまで言うと、何か思い出し「ただ、この前の宴会で、誰かが踊った裸踊りは面白かったぞ」

「そういえば私も、若いころよくやりましたよ」


 美香は調子にのって

「そうだったな、酒が回ると泰蔵も一緒によく踊ったものだ。こんど一緒にやらないか」

「いいですな、若いころに戻ってやりましょう艦長」

「あー私も久しぶりに裸踊りが、したい………って……」

 言葉を止めた加藤と美香が、恐る恐るシルビアを見ると、目の据わったシルビアが


「艦長……先ほどの私の話しを理解されて、おられないようですね。しかも、女性の艦長のまえで裸踊りをした兵がいるのですか、セクハラです! 訴えます」

「わっ…わかった。絶対しない! 誓ってしない」

 美香はシルビアに平身低頭し、気まずくなった美香と加藤は、黙って将棋を片付けた。

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