5 海風を探る者2
京蘭女学院に通う美香は足も直り、いつものようにセーラと下校していた。色落ちした並木の木々に風がそよぎ、いつしか秋の気配だった。
「どうしたのセーラ、このところ眠そうにしているけど。それに、また怪我しているし」
疲れた表情のセーラだが(だいじょうぶ)と笑顔を見せた。
美香は、セーラが施設で虐待など受けていないか、密かに探らせたこともあったが、健全で問題ない施設だった。(だったら、あの傷は……ころんで出来る様な傷ではない)美香はそう思うが、それ以上のことを知ることは出来なかった。
「セーラ。本当に困ったことや、嫌なことがあったら、何でも言ってね」
心配してくれる美香に、セーラはうれしそうに美香と腕を組んで、恋人のように寄り添った。美香は少し恥ずかしがりながらも、そのまま歩いた。
歩きながら美香は、ふと思いついて
「そう言えば、気になっていたのだけど、セーラはカーズの話になるといつも黙っているね。以前、カーズをどう思うか、と聞いたでしょ、何か思うことがあるの」
カーズの話題になりセーラの笑顔が消えた。美香はその変化をみて
「私、この前は、カーズのことを憎い敵だと言ったけど。もともとは人間がカーズを利用しようとしたのが原因なんだよね。遺伝子操作で人間に移植できる臓器をもつカーズがつくられ、臓器を抜き出されたら死ぬしかない。カーズにしてみれば、人間は悪魔みたいなものだよね」
カーズを擁護する話をすると、急にセーラは笑顔になる。
その変化を見た美香は
(やはり、セーラはカーズを嫌っていない。いったい、何を考えているのだろう)美香は、セーラの怪我のこともあるので、もうすこし探ってみようと
「できれば、カーズと共存、なんてことが、できるといいかもね」
無論、美香はそんなことは全く思っていない。カーズを皆殺しにするのが、美香の生きる全てといえる。しかし、美香の言葉にセーラは瞳を潤ませながら手話で
『よいニンゲンもいる』
続けて美香を指差した。さすがに、そこまで言われると、騙していることが後ろめたく。美香は、目を伏せて(そんなことないよ)と首を横にふった。
するとセーラは、突然思いついたように
『アシタはヤスミだし。イッショにきてほしいとこがアル』
突然の誘いに、驚いたが時間はあるので美香は頷いた。
◇
翌朝セーラと美香は、朝、二人で楽しくサンドイッチを作り、それをもって電車に乗った。
秋空の下、海岸近くの高台の駅で降りて崖沿いの石の階段を下っていくと、磯の香りがして、穏やかな岩場に漣が打ち寄せる。そこでサンドイッチを食べると、セーラはサンダルを脱いで素足になり、波が寄せる岩の窪みの水たまりにはいった。
屈んで両手をいれると何か寄ってくる。セーラは手招きで美香をよび、美香も靴下をぬいで素足になってセーラの隣にきた。見ると、団子虫のような小さな稚魚がセーラの手の周りに多数泳いでいる。それを見て、美香は愕然とした
「これは! まさか、カーズ」
美香は固まった。セーラは愛おしい瞳で稚魚をみたあと、美香に振り向くと人さし指を自分の唇にあて
『ヒミツ』と言っている。
美香は複雑な気持ちだった。自然の中のカーズの生態は謎が多い。遺伝子操作で多様化したカーズは巨大化、あるいは空を飛ぶものなどが生まれ、人間に脅威するものが生き残ってきた。これはカーズの実態を知るうえで、超一級の貴重な情報と言えるもので身震いする。
セーラは稚魚の中から殻のない弱弱しい稚魚をみつけると、やさしく両手にのせた。その、稚魚の変化に美香は目をみはった。
黒っぽい稚魚がセーラの白い手の上で、みるみる同じ白色になっていく。
「擬態……」
身を守るため魚が周囲の色に変化したり、形を合わせたりする擬態。セーラは白くなった稚魚をかえすと、再び灰黒色の色になり、その稚魚の周りに殻のある稚魚が見えなくなるように覆い囲んだ。
「まるで、守っているようだ」
セーラは頷いた。
「セーラ。これはどういうこと。どうして、あなたが」
すると、セーラは美香を指差して
『ミカにオシエテモラッタ』
「私が…教えたって…この稚魚のカーズのこと」
無論、今の美香にはわからない。セーラは少し間をおいたあと、微笑んで頷いた。いったい、以前の美香さんに何があったのか。稚魚のカーズのことをなぜ知っていたのか。記憶のない美香に知るすべはない。
帰りの電車でセーラは、手話で
『ツギのサクセン。ミカもイクノ』
「ええ、その予定よ。この前カーズのことを可哀そう、と言ったけど。私、浅波大臣の孫でしょ、それもあって行かなくちゃいけないの。でも、二週間ほど休むだけだし、すぐ会えるわ」
セーラには適当な理由を話した。すると、セーラは訴えるように
『コンドはイカナイデ』懸命に手話で伝えるセーラに
「ありがとう、心配してくれているの。本当に大丈夫だから、帰ったら一緒にケーキを食べに行きましょう」
まだ手話を十分に理解できない美香に。声の出せないセーラは何か言いたそうに口をパクパクしている。
「どうしたの、何かあるの」
さすがに美香も心配になったが、いつものことと思い。
「ごめんね、私はどうしても、行かなくちゃいけないの」
セーラはあきらめたように。
『どのフネにノルノ』
美香はセーラを安心させようと思い、本当のことを言った
「あの無敵の潜水空母、海風よ。だから大丈夫、安心して」
美香は最強の潜水空母に乗るので安全だと、言ったつもりだが、逆にセーラは青ざめた。
セーラは何かを決心したように、口だけ動かす。
(ミカは、絶対に死なせない)
美香は何を言ってるのかわからず、小首をかしげているが。セーラは少し笑って、そのあと、あまり話をしなかった。
その後、この磯で見たカーズの貴重な情報について、美香はかなり思い悩んだが、セーラとの約束を守り、誰にも話すことはなかった。
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