5 海風を探る者1
月明かりの磯。打ち寄せる波間から一つの黒い人影が岩場に上陸した
「ありがとう。ここでいい」
イルカのような生物につかまって岸辺近くに来た黒い人影は、疲れた足取りで陸にあがり、岩場に腰かけ、黒のウエット―スーツを脱ぐと、月明かりに水着姿の、白くしなやかな女性の体が露になる。
セーラだった。
(このところ警備が厳重。近づくことすらできない)
しばらくして、もう一人の影が波間からあがってきた。腕を押さえて、かなりふらついている。セーラより少し幼い少女だ。
(レイラ! )
セーラは叫ぶと、駆け寄って、ふらつく少女の体を支え、お互いの額をあてた。
(どうしたのレイラ。その怪我)
(やられちゃった……)
(だめじゃない。気をつけるのよ、手当をするわ)
(ごめんなさい、もうダメみたい、目が霞むの)
(大丈夫よ! さあ、海に入って、海の中なら楽に話せる)
二人が海に飛び込むとレイラの周りに赤黒い血がただよう。セーラは焦りながら傷口を抑えるが、出血はとまらない。
「どうしたの! こんな深い傷」
レイラは小さな声で
「セーラお姉さま……ごめんね、海風の艦長はわからなかった。でも、大事な情報をつかんだ……」
「そんなの、いいわよ。もうしゃべらないで」
「これだけは言わせて、奴らは大規模な作戦を計画している、太平洋のオベリスクの拠点を同時攻撃するみたい」
「………」
「それでね……海風は……グアムに向かう……」
「レイラ。もういい」
セーラは、力の抜けて行くレイラを抱きしめるしかなかった。
ぐったりとしているレイラは
「失敗ばかりでごめんなさい。この前は父島を守りきれなった。まさか、海風がくるとは思ってなかった。セーレンの声を出したけど、海風の艦長が一人でやったみたい……あの艦長はただ者ではない。必ず殺して」レイラはセーラの手を弱弱しく握り「これで少しでも、お姉さまのお役にたったかな……」
「ええ十分よ、ありがとう。これで海風を倒せるわ。それより傷を」
レイラは、首を横にふり
「よかった。必ず海風を沈めて、そうしないとカーズは人間に滅ぼされる……」
「大丈夫、必ず沈めてみせるわ」
すると、レイラは笑顔を見せて
「…でも、あの娘は助けたいのでしょ」
美香のことだった。セーラは頷くと
「お姉さまは、やさしい……でも私たちは人間ではない、人間に進化したのではないのよ」
そこまで言ってレイラは物言わなくなった。
「わかってる。わかっているわ、レイラ……」
セーラはレイラを抱きしめ、近くにきたイルカのようなカーズにレイラをあずけると、そのカーズはレイラをつれて沖へと消えていった。
セーラは、漆黒の海原を睨み
「海風艦長…殺す…殺す…絶対に殺す! 」
涙を浮かべながら何度もつぶやいた。
◇
その頃、空母信濃の停泊している港で、海からの不審者をもう少しのところで取り逃がしていた。
田口は荒らされた指令室を見て、苛立ちながら
「不審者は、どこに逃げた。度重なる不審者で厳重な警戒をしていたのに、どこから入ってきたのだ」
「それが……排水路と思われます」
「排水路だと…あれは水圧管路だろ、水が満杯になる管だ、どうやって……」
田口は荒らされた資料の中に、太平洋オベリスク同時攻撃「霧の雷鳴」の資料が濡れているのを見つけた。
特に海風の戦列配置やこれまでの戦闘の記録の部分がかなり濡れている。
(見られたか……)しかし、この事態に田口は願ってもないといった感じで
(あの小娘の作戦は見事だ。このままだと恐らくこの作戦は成功するだろう、そうなると浅波美香の信頼度はさらに大きくなる。ここで、少し世の中の厳しさを知るのもよいだろう。
そこで危なくなったところを助けてやれば、私の存在が大きくなる)
かつて、美香が重松や近藤を助けて絶大な信頼を得たことを思い出した。命のやりとりはそれだけ重く、単なる恩義とは次元が違う。
田口は不敵な笑みをうかべ、作戦が外部に漏れた可能性があることを隠した。
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