1 深海の死闘(先制攻撃1)

 田口は美香を信濃に呼んで作戦の主旨を説明したが、既に美香は熟知している内容だった。


 グアム沖のオベリスクは海中にあるため、まずは美香を中心とする潜水艦隊で先制奇襲攻撃をしかけ、オベリスクを破壊する。その後、四散したカーズを洋上の田口の鑑隊で掃討する作戦だった。

「君を危険な先制攻撃に向かわせたくないが、すまない」

 美香は自分の提唱した作戦なので、全くそんなことは思っていない。


「いいですよ。オベリスクを奇襲破壊したら、すぐに全艦離脱します。そのあとすぐに、援護で水雷攻撃と浮遊カーズを攻撃していただければ、確実に撃破できます。他の国々と連携し、日本の総力を挙げたこの艦隊、戦力的には圧倒的有利です」


 美香の返答に田口は妙に笑顔で頷く。美香は直接聞いていないが、婚約したいとも言っているようなので、田口が何を考えているのか訝っている。


「それより、このあと食事でもどうかな。味気ない艦内食だがデザートにスィーツが好きだと言う君のために、パテシェを呼んでいるのだ」

 スイーツが好きなことを、なぜ知ってるのかと思うと気持ち悪く、戦場にパテシェとは、とんでもないと思い


「あ…ありがとうございます。でも迎えがきてますので。仕事も残っていますから」

 なんとか断ろうとしたが、しつこく押し切られ食事をして海風に戻ったのは夜だった。田口は美香を付き合わせて満足し、迎えのヘリに美香を見送った。


 田口は今回の作戦で、海風を始めとする潜水艦隊が先行してオベリスクを責めることが、カーズ側に漏れていると考えているが、そのことは伏せている。

 それは、美香に功績を与えないことと、苦戦する海風を田口の鑑隊が救出して大きな貸しを作り、あわよくば、美香の気を引こうとする浅はかな考えだ。


 十七歳にしては気丈で他の艦長からも信頼をもたれ、しかも浅波財閥の次期頭首とも言える美香を助け、羨望の眼差しで自分を見つめる美香をこの手に抱きしめることを想像しながら、ヘリに乗り込むスタイルのよい美香を、なめるように見つめていた。


 地球上の海洋の93%は水深二百m以上の深さで、平均水深は約三千八百m。つまり海の大部分は深海と言える。


 そんな深海の洋上を美香は潜水艦四隻を従えて、マリアナ海溝沿いを本隊より先行して目標のオベリスクに向かった。後方支援の田口の艦隊は北西五百キロに追随している。

 目標のオベリスクは深海からそびえる海山の山頂にあり、この付近だけ深度五百~千m程度と浅くなっている。艦長席で、挽きたての香りの良いキンタマーニに口をつける美香の横で加藤が


「いよいよですな、グアム沖のオベリスクまであと十キロです。艦船に防音シールドを張ってセーレンの声対策もできている。やっと宮部中将の悲願が叶えられる」

 加藤は勝利を疑わぬ表情で最終決戦に挑んでいる。一方、美香は冷静な表情で


「敵の様子は」

「静かです」

「まだ、気づいていないようね。そろそろ潜航しましょう。シルビア、捕捉しているカーズは」

「はい、ビッグカーズが一体と、ミドルカーズがおよそ三体で、他は多数の小型のカーズです」

「想定通りね」

 美香は頷いた。


 潜航地点に近づくと陽動の沖田隊が発進準備にとりかかった。美香はシルビアとともに格納庫で発進準備中の沖田隊に向かった。沖田が気づくと


「これは、艦長自ら見送りですか」

 パイロット全員が整列した。パイロットは将校なので、美香が艦長なのは知っている。

「ええ、気をつけてね。おそらく激しい戦闘になると思う。あなたたちは陽動だから。無茶をしないで危なくなったら直ぐに浮上して逃げるのよ」


「お気遣いありがとうございます」

 美香は、一人一人の前にたち、名前を言って激励する。名前まで覚えてくれている艦長にパイロットは感激して戦闘機に乗り込んだ。


 その間、シルビアが沖田のそばに行って小声で話をする

「艦長には話していないのだけど。実は、浅波泰蔵大臣から、何があっても艦長だけは生きて連れ帰ってほしいと、極秘にお願いされていて。少し協力してほしいのだけど」

 シルビアは沖田の耳元でいろいろと伝えた。沖田は納得したようにうなずくと


「確かにあの娘は万が一の時、自分だけ生き残ろうなどと考えないだろう。できれば、そういった事態にならなければよいが」

「私も、そう願ってる」

 シルビアは、笑みを浮かべて美香のもとに戻った。


 沖田隊が発進したあと海風は潜航し、オベリスクのある海山に接近していた。


 しばらくして、海山を挟んで海風が進む反対の方向から、潜航している沖田のガネットが攻撃を開始した。攻撃の規模は小さいが、カーズは沖田の攻撃に集中しオベリスクの方が手薄になっている。


 加藤は状況を確認すると

「予定通り沖田が敵を引きつける陽動でオベリスクは手薄です。こちらも総攻撃です! 」


 すぐに潜水艦隊は魚雷の一斉射撃を行った。

 小型のカーズはオベリスクを離れていたので、魚雷は、ほぼ全弾オベリスクに命中し瓦解し始め、付近のカーズも四散していく。

 加藤はすぐに指示を出す


「ミドル級のカーズが出てくる。パルスキャノンを撃て! 」

 指示を加藤にまかせている美香は、モニターを見ながら


「ビッグカーズは」

「オベリスクに潜んでいるようです、瓦解したオベリスクの下敷きになっているのではないでしょうか」

 美香は引き続きモニターを睨んでいる。そんな美香に加藤は


「このまま、接近してパルスキャノンで仕留めましょう」

 美香は特に否定する要素もないので、小さく頷いた。

 以前、美香の言った、勝つシナリオを遂行するだけで、実質、美香の出番はない。他の潜水艦も追随して攻撃を開始すると、何度も鈍い爆発音がひびく。

「ほぼ、全弾命中です。カーズの動きが小さくなっています」


 加藤は満面の笑顔で

「奇襲が成功です。後方の田口艦隊が出るまでもなかった。他の地域も快勝したとの報告が入っています。やりましたぞ、艦長! 」

 ただ、声をかけられた美香は、まだモニターを睨んでいる。

「どうされたのです、艦長」

 美香は呟くように


「おかしい……」


 その言葉に周囲のクルーも沈黙した。美香には気になることがあるようだ。

「どうしたのです。想定通り、いや、それ以上の戦果ではないですか」

「確かにそうですが……相手の攻撃が手ぬるい。念のため周辺をソナーで確認して」

 美香の指示にソナーのオペレーターは注意して周辺を策敵したが、カーズの気配はない。


「何もいません」

「そうですか、一応注意を払っておいて。それとオベリスクに無人ドローン艇を送って確認しましょう」

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