1 深海の死闘(先制攻撃2)

 無人潜水艇は崩れたオベリスクの映像を持ち帰ってきた。

「はでにやりましたな。まるで空襲をうけた廃虚のようですな」


 海山の頂上に白いコンクリートのような大きな破片のオベリスクの残骸が積み重なっている。その間に、カーズの死骸や瀕死のカーズがうごめいている。ビッグカーズも瀕死の状態で、まるでオベリスクの瓦礫の中で、じっとして逃げようともしない。


 美香は動かないビッグカーズにも違和感を覚えていた。

「確かに瀕死のようだけど、逃げるくらいはできるのでは……一度、離脱して。洋上の鑑隊を待ちましょう」


 そのとき他の潜水艦隊から

『敵がひるんでいる今のうち、止めを刺しておきましょう』


「……うかつに迫るのは危険です」

 美香は、これ以上追い詰める必要はないと考えている。出直すことを提案したが、あまりに慎重な美香に加藤も


「いつもなら、復活しないように、ここで止めを刺しているではないですか。今がチャンスです」

「そうですが……」

 確かに、いつもの美香なら躊躇なく止めを刺すのだが、なぜか嫌な予感がする。考えている間に他の潜水艦が、海風をおいてオベリスクに接近し、魚雷とパルスキャノンで攻撃した。


 ギエーというようなカーズの断末魔が艦船の中にまで響いている。セーレンの声とは違って防音も効かず、さらに魚雷の爆発音がまざっていく。

 しばらく騒音が続いたあと、静けさが戻ると加藤はあらためて満足そうに

「やはり、かの宮部中将の提唱された作戦はすばらしい。先行したハワイやガラパゴスの戦闘も簡単に勝利したようです」


 しかし、美香は胸騒ぎがする。

「周囲に異常はありませんか」

 美香はしつこいまで周囲に注意を払うよう、指示している

「半径五十キロ以内に、カーズの気配はありません」


「紀憂でしたか……」

 美香は、一息つくと。なぜかすこしさみしげな表情をした。そのあと他地点の戦況も気になる美香は

「当該地域のオベリスクが破壊し通信状態がもどったので、他の地点の戦況を送ってもらうように伝えて」


 しばらくすると、ハワイ、ガラパゴスなどの戦果のリストが送られてきた。

 どこの地域も快勝の報告だったが、データを眺めている美香の顔色が青ざめていく。


「どうされたのですか」

 加藤が聞くと、美香は焦った表情で

「今回の作戦で、残っている戦域はここだけですか! 」

「そうです、他の地域は全て作戦が終了しています」

 美香は厳しい視線で


「他の地域でビッグカーズを倒した報告がない、全てミドル級以下だ……オベリスクに必ずしもビッグカーズがいるとは限らないが。全てにいないのは、おかしい」


「確かに……それは」

 加藤もさすがに気が付いた。美香は焦るように

「周囲の策敵を強化して! 」


 そのとき、ソナーを聞いているオペレーターが

「艦長、何か聞こえます! 」

「なんですか」

「……まってください」


 しばらくして、ソナーを聞いているオペレーターの手が震えだす

「どうしたの」

「……これは……カーズの泳ぐ音……大きい」

 美香は身を乗り出して


「カーズですって、何体、サイズは! 」

「そ…それが…二十体以上…ビッグカーズ…他にもミドルカーズが多数」

 周囲のクルーたちは絶句した


「位置は! 」

「我々の周囲の深海から浮きあがってきています……完全に囲まれてます! 」

 オペレーターが叫ぶように報告する。加藤が焦りながら


「どういうことだ! 気配がなかったのでは」

「わかりません。確かに、これまで気配は全くありませんでした。他の潜水艦からも同じ通信です」


「ビッグカーズが二十体とは前代未聞だ。ここに、そんなにいたのか」

 すると、シルビアが

「おそらく太平洋全部のカーズをここに集結させたのではないかと」

 

「………私も、そう思います」

 その推察に美香も同意した。聞いていた加藤が

「でも、いつのまに周囲を囲まれたのだ。まったく気配がなかった」


 美香は、してやられたといった表情で

「推測ですが、このオベリスクは独立した海山の上にある。おそらくカーズは予め周囲の深海に潜み、我々がこの海山に集結したとき、泳がず単に浮き上がるだけの動作で海底から網で覆うように我々の周囲を囲んだのでしょう」

 

 さらにシルビアが補足するように

「浮き上がるだけなので音がでない、それで私たちは気付かなかったのだと思います。さらに、浮き上ってくる仲間のカーズを私たちに気づかせないよう、オベリスクのカーズは悲鳴をあげていたのでは」

 美香が頷くと加藤は青ざめ


「オベリスクのカーズは最初から我々をひきつける罠だったのか。死に際の断末魔も、パッシブソナーだけだなく、アクティブソナーまで攪乱し仲間の存在を解らないようにする決死の囮で、我々を騙していた……奴らにそんなことが」


「そこまで知能的な作戦はカーズにはできません。おそらく何者かが先導している。それに、あらかじめここに太平洋のカーズを集中させる、周到な布陣をするには私達が同時攻撃することを最初から知っていたとしか考えられない」

 加藤はまさかと思い


「だとすると、この作戦をカーズにリークした者がいるということですか。それに、カーズにそのようなことが理解できるのですか」

 美香は、以前泰蔵に聞いた、軍港を探っているあやしい影のことを思い出した。


「奴らの中に知性を持ったカーズがいるのでしょう。しかも人間と同じ姿で」

「それでは、軍の中にも……」

「わかりません。しかし、今の状況は……まずい」


 さすがに、美香も焦りの表情をかくせない。これまで見たことのない美香の険しい表情に、周囲のクルーも言葉が出ない。


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