3 美香の復帰
美香が学校に通い始めたころ、日本近海のカーズの進行は深刻なものになっていた。
宮部が生きていた頃は、海風を旗艦とした艦隊がカーズを追いこみ、太平洋沖にあるカーズの拠点のオベリスクも撃破していたが、今やカーズは沿岸部にまで出没するようになり、巨大地震を再発させていた。
オベリスクとはカーズの分泌するカルシュウムなどを骨格とした、高さ五十mに及ぶ網状の電波塔のようなもので、カーズはこのオベリスクを中心に行動する。オベリスクが出現してから、カーズは組織的な行動をとり人類に猛威を振るい始めた。
オベリスクからは通信機器を妨害するような強い電磁波が発せられ、カーズを誘導していると考えられている。電磁波は電気ウナギのような電気を放つカーズがオベリスクを電波塔替りにして発しているのだが、この電磁波を使ってカーズを導き、操っている何かは、今だに特定できていない。
このオベリスクを破壊すると、カーズは統率を失い、かつてのような個々で無秩序な行動をとるので、退治するのは容易だった。
カーズは陣地を広げるように、連鎖的にオベリスクを増やして勢力を広げているので、オベリスクを破壊するとカーズの侵略を阻止できるのだが、オベリスクは各個撃破しても、すぐに他のオベリスクから修復にくるのでキリがない。
そこで宮部は、環太平洋の諸国が一斉に総攻撃する作戦を提唱していたのだが、作戦決行の前に暗殺とも思われる捨て身のカーズの襲来で死亡し、統制を失った太平洋艦隊は形勢が一気に逆転し、カーズは猛威を振るいだしている。
◇
その日は三宅島に迫ったカーズの群に、日本の太平洋艦隊の主力艦隊が向かっていたが、背後に隠れていたカーズに気づかず、挟撃されて身動きできなくなっていた。洋上の艦船は半数以上が撃沈され、残された潜水艦隊は海中のカーズに包囲されている。
その潜水艦隊に海風も参戦していた。
この頃の海風には宮部の後任として、若きエリートの田口少将が艦長を務めていたが、カーズの猛襲に手をこまねいている。
「右舷からミドル級のカーズがきます。どうしますか」
副艦長の加藤大佐が進言すると
「パ……パルスキャノンを発射しろ」
あわてて指示する田口に、(バカな!)と言った表情で斜め下のシルビアが振り返り
「まだ射程外です。魚雷の方が」
田口は艦長である自分の意見を否定され、いらだつ表情を見せる。無意識の傷つきやすい自尊心の人は、忠告を誹謗としか捉えられない。
田口の思考は、今の危機的な状況を打破す方法よりも、口答えする小娘を黙らせる方策に全集中する。
「シ…シルビア少佐、カーズとの距離は」
「四千メートルです」
「そ…それを早く言ってもらわないと困るじゃないか。それが君の仕事だろう。ならば、魚雷しかあるまい」
「す…すみません……それでは魚雷、発射します」
叱責されたシルビアは納得いかない(こんな初歩的な状況を頭に入れていない指揮官など考えられない)と思ったが、謝るしかなかった。
海風は潜水艦と空母が合わさったもので、さらに火力も戦艦なみなので、構造が複雑で運用も難しく田口には扱いきれないものだった。
◇
戦況は進み、加藤大佐が指示を仰ぐ
「田口艦長! 右舷のカーズは何とか動きを止めましたが、他からも迫っています。このままだと囲まれます。どうします」
「……」
考え込む田口に、加藤がさらに
「艦長、左舷前方の潜水艦から救難信号です! どうします」
「……」
海風自身ミドルカーズの対応に追われ、他の救援までは難しい、次々にくる事態に田口は遅疑逡巡し対応できない。いらだつ田口は
「君たちは、いつも、どうします、どうしますだ! 少しは自分たちも考えてはどうかね。せめて、こうしたらどうでしょうか程度は言えないのか! 」
田口は声を荒げて、さじを投げたように叫んだ。加藤達は言葉に詰まると、
「申し訳ありません。このままだと確実にやられます。撤退しかないように思います」
これまでにも、なんとか手を打てたかもしれないが今となっては遅く、各艦船は分散孤立し立て直すのは難しい。そのとき艦隊旗艦の提督から田口に打診があった
『無傷なのは海風だけだ。前面のミドル級のカーズに攻撃を仕掛けて時間をかせいでくれ、その間に他の艦船が離脱できる』
田口は青ざめた、確かに強力な火力と優秀なクルーに助けられ、ここまで海風は無傷だったが、前面に一隻で出れば大きな被害をうけ最悪撃沈される。しかも他の艦船の逃げ道をつくる危険な殿(しんがり)なのだ。
(旗艦の提督め、今更勝手なことを言う。開戦の前に背後のカーズに気づかないとは、宮部中将ならそんなヘマはしないだろう、あんな無能が提督なのが問題なのだ)
しかし、今の事態は田口にとってはチャンスとも言えた。
このまま、助けに行かなければ提督の船はカーズに撃破されるだろう、たとえ旗艦が生き残ったとしても艦隊の大敗北の責任を追及すればよい。そうなれば、自分が艦隊の提督になれるだろう。
田口はその通信を履歴が残らないよう削除した。通信障害とでもしておけばよいだろう、その後、不敵な笑みを浮かべ
「……加藤大佐がそう言うなら止むを得ない。私としては友軍を救いたいが状況が状況だ、撤退する」
責任転嫁としか言いようのない指示だった。
海風は、そのまま深深度に潜航して戦闘区域から離脱する。海風は大型の潜水艦にも関わらず高速で、深深度に潜航が可能なためカーズの追撃を振り切っていった。
一方、艦隊はカーズの猛襲にのみこまれていく。
「提督の乗った旗艦も濠沈したようです、ほぼ全滅です」
加藤大佐は、沈痛な表情で伝えた
「そのようだな、旗艦の提督は気の毒だった。統率のとれない最近の太平洋艦隊は、どこも負け戦だ、我々のせいではないさ。ところで、今の提督が亡くなられた場合、次の艦隊の司令長官には私が就任しなければならない。そうなれば、私は今度新造された空母「信濃」で指揮をとるので、残念ながらこの海風を降りなくてはいけない」
田口は最前線で戦う海風より、安全な後方支援の空母での鑑隊司令長官をもくろんでいる。加藤は、かつて最前線で指揮をとっていた宮部中将の姿が思い出され言葉がない。
先ほどの提督からの指示を知っていた副長席のシルビアも俯いて、机の下でこぶしを握りしめていた。
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