3 美香の復帰2

 三宅島沖の敗北の後、加藤とシルビアは美香に会いに来た。


 美香は長い髪をシュシュで後ろにくくり、制服の姿で待ち合わせ場所にくると、友達とよく来る街角のケーキ店に二人を連れて行った。


 美香はミルフィーユのショートケーキを口に入れながら。自分の後ろ髪を見せて

「このポニーティル可愛いだろ、友達に教えてもらったのだ。それと、ここのスイーツは旨いぞ、どうだ」  


 加藤とシルビアの前だけは、以前の宮部の言葉づかいになり、美香には息抜きになる。美香は加藤にケーキを進めるが、加藤は少し寂し気な表情で

「しかし、かの威厳ある宮部中将が、ポニーティルとは……それに甘いケーキなど食べなかったのに」


「そうだな、若いからエネルギーが必要なのだろう。それと、私は女子高生の恰好をしている宮部じゃないぞ。私は正真正銘の女子高生、美香だ。言うなれば少し硬い思考なだけで、つまり……ツンデレだ」

「なるほど、ツンデレというやつですか、わかりました」


 加藤と美香はお互い妙に納得したが、シルビアは(少し違う)といった表情で

「ところで、数十年ぶりの学園生活はどうですか」

 すると、美香は少し疲れた様子で


「今どきの高校生は何を考えているかわからん。ガキどもの相手は戸惑うよ。どうしても大人の対応をしてしまうので、うざがられているかもな」

 辟易しながら言う美香にシルビアは笑いながら


「そうなのですか。でも、美香さんは今どきの女子高生ですよ」

「うっ! そうだった」

 美香はミルフィーユを喉につまらせそうになると


「そういえば、近くの男子校の生徒から告られてな。それが、あこがれのキャプテンやイケメンで、断っているものだから女生徒から結構恨まれているようだ」

「美香さんは可愛いくて、しかも財閥のご令嬢。モテないはずがないですよ」

 シルビアが笑いながら言うと、美香は


「笑い事ではないぞ。でも、学校では、いじめもあるようで。私も、すこし嫌がらせみたいなこともあったが」

「いじめもあるのですか、しかし太平洋艦隊司令長官の重圧や苦悩に比べれば、些末なことでしょうな」


「そうだな、あのころは数十万人の生死に関わる判断、責任をとってきた。それに比べれば、あの程度の無視や嫌がらせは気にすることないと思うのだが、生徒たちにとっては自殺さえしかねない、大変な問題のようだ。その目線でつきあうのも疲れるよ。だが、よい子もたくさんいるぞ。……ところで、また、さんざんにやられたようだな」


 美香は、最後に微笑んで話題を変えると、辟易した表情で加藤が

「面目ありません。近ごろの艦長は、机上の理論と近代兵器やAIに頼りすぎて、マニュアル通りの判断しかできません」

 そこに、シルビアが柄になく語気を強めて


「そうです! あの田口提督は、いつも逃げ腰で責任逃ればかりして、危機に陥ったとき、冷静な判断が全くできません! 」

 美香はシルビアの小言を聞いたあと、少女らしからぬ口調で


「でも、マニュアルも大事だそ。いかなる経験者でも、人間である以上いつも適格な判断ができるとは限らない。それよりも加藤大佐が艦長になってはどうかね。海風も長いし」

 加藤大佐の話になると、シルビアは思い出したように笑いながら。


「実は……宮部中将の事故のあと、一度は臨時で艦長席に座られたのですけど……相当緊張されて」

 加藤は頭をかきながら


「私も、イージス艦の艦長を努めたことはありますが、やはり潜水艦と空母が合わさった海風は難しいです。さらに艦隊の指揮など、今更ながら宮部中将の問題解決能力と、あらゆる重圧に耐える精神力に感服します」

「いや、優秀な君たちがいたからこそだよ」


 加藤とシルビアを見つめて微笑むと、加藤は急に姿勢を正し

「とにかく宮部…いや美香さん。早く戻っていただけないでしょうか、このままだと、海はカーズに征服されます。すでに政府は『日本の太平洋艦隊はあてにならない』と、国民を大陸に避難させる話も上がっています。それも、富裕層はよいですが、一般の国民は大陸奥地の寒冷地、山岳地帯、砂漠地帯など、厳しい土地に追いやられます。もう、美香さんしかいません、何とか復帰を」

 頭を下げる加藤に美香は


「おい! こんなところで頭を下げるな。女子高生に頭を下げる高位の将校など、変にみられるぞ。援助交際で相手の大人を揺すっている女子高生みたいじゃないか」周囲を気にしながら言ったあと、少し考え


「しかし、そこまできているのか。また、加藤大佐の『どうします』が聞きたくなってきたよ。それに美香さんの体になったが、決してカーズへの憎しみは消えていない。早く復帰して、奴らを叩きのめしてやりたい気持ちは募る一方だ、考えておく。ただ、家のこともあるのでな、返事はしばらく待ってくれ」

 美香の前向きな返答に、加藤とシルビアは笑顔で


「どうか、よろしくお願いします! 」

 今度は二人揃って頭をさげるので「おい、やめろ」美香は両手で制しながら、周囲を気にしている。次に美香は何か思い出したように


「ところでシルビア、浅波美香になってから夢で知らぬ子守歌が聞こえてくるのだが、ひょっとして、美香さんの記憶ではないのだろうか」

 シルビアは、少し考えると


「実は移植の時、ごく一部ですが以前の美香さんの脳の一部は残っていました。しかし、記憶や大脳をはじめ自我・意識の領域ではない、わずかな部分ですので、以前の記憶はないはずですが……なんなら、カウンセリングを受けますか、女性の体でホルモンバランスが崩れているかもしれませんので」


「まあ、大丈夫だ」

 美香は心配かけまいと、あの黒い塊の悪夢のことまでは言わず笑顔で頷いた。

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