3 美香の復帰3
その後、美香は軍に戻るべきか思案した。
加藤やシルビアは強く進めるが、こんな少女のなりで周囲の軍の参謀たちがどう思うか。また、美香の両親も、一人娘で大事な財閥の跡取りを軍に行かせるなど認めてくれないだろう。
そんなとき、よい相談相手を見つけた。
『浅波
今は浅波財閥の総帥で、国の大臣でもある泰蔵は、宮部の同級生で子供の頃からの親友だが、今の美香が連絡しても信じてもらえないので、泰蔵の後輩でもある加藤大佐が連絡を入れて事情を説明した。
すぐに、泰蔵は美香の家にやってきた。突然の泰蔵の訪問に屋敷は緊張がはしる。かつての美香も泰蔵だけは恐れていたようで、わがまま放題の美香も、泰蔵の前では小さくなっていたという。
リムジンの車から降りた泰蔵は、堂々とした体格に着物を着て髭を蓄え、鋭い眼光はまさしく浅波財閥の総帥で国の大臣も務めている風格だ。
泰蔵は並んで出迎えた家族と使用人を素通りし、美香の前に立つと
「あとで、わしの部屋にくるように」
両親をはじめ使用人達は驚いた。泰蔵が美香を呼ぶことはまずなく、これまで美香も恐れて近づかなかった。
呼ばれる時はいつも何か叱責されるときで、そのあとの使用人への報復がひどく、以前の美香に戻るのではないかと使用人達は怯えている。
美香が泰蔵の部屋にいくと使用人は下がらせて二人だけになった
「すまない、急に呼び出して」
美香は馴れ馴れしい口調で泰蔵に言うと、泰蔵は美香をながめ
「本当に、あの宮部なのか」
どうも孫娘の印象があり、言いにくそうにしている。
「その通りだ。それより、まずは謝罪させてくれ。泰蔵の大切な孫娘の体を、いかな理由があるにせよ、この老いぼれが奪ったのだ、申し訳ない」
頭を下げる美香に
「やはり宮部のようだな、声は変わってもその口調はどこか、宮部中将の面影がある。孫娘は、運命だったのだろう。しかし、考えてみれば宮部が死んでいたら、この日本、いや世界が滅びるかもしれない。そうすれば、孫や私も生きていないだろう」
「そこまでの人間ではない。それより、ここでは美香でいい。他の者がへんに思うぞ」
「それも、そうだな」
知らぬ者が見たら異様な会話だろう。十七歳の少女が大老の名を呼び捨てにし、しかもその大老と友達のように話しているのだ。
「ところで、このことは両親には話していないのだが。どうしたものかと」
美香の両親の話になると、泰蔵は少し困った表情をしたあと
「まあ、しばらくはこのままでいてくれ」
何か事情がありそうな様子で、言葉を止めた。
美香も、それ以上は聞かず、本題に入った。
「泰蔵、軍の上層部の意向はどうだ」
「カーズには手を焼いて、あの無敵といわれた潜水空母「海風」も最近は散々にやられて帰ってきている」
「そうらしいな。私がいなくなると、このざまとは。これは、部下を十分に教育しなかった、私の責任でもある」
美香は花柄のロンパースから、白くすらりとした素足を惜しげもなく露出した、ラフな少女の姿で深刻な話をする。
そんな美香に泰蔵も違和感があるが、話を進めた
「実は今、カーズの大群が押し寄せてきている。こいつらが押し寄せれば、これまでにない被害を受けるだろう。そこで、次の作戦には是非参戦してもらいたいのだが」
「そのことは聞いている、だがこの少女の姿ではいろいろ面倒だろう。それに、私が宮部だと知られるのもまずいのではないか」
「今の美香が宮部中将と知っているのは、ごく一部にしておく。新たな海風艦長として対外的にも口外しないようにしよう」
美香は、腕を組んでしばらく考え
「解った、どうやら猶予はないようだな。しかし、新たな海風の艦長が女子高生では、三流雑誌ネタだ、十分に緘口令をしいてくれ。それに他の艦長連中も納得しないだろう。泰蔵の孫娘ということで、ある程度は抑えられるだろうが、宮部と名乗れない以上、なにかしら戦果をみせる必要はあるな」
美香がいうと、泰蔵は笑いながら
「頼もしいな。見た目は孫の美香だが、言葉使いやしぐさは宮部だ」
そういう泰蔵の笑顔には、どこかさみしさが見えていた。それに気付いた美香は、
「すまないな。お前の孫を取り上げるとは」
「仕方ないことだ、それより、小春さんが入院したのを知っているか」
泰蔵から意外な名前がでた。小春とは宮部の妻で、連絡がとれなくて気になっていた。
「小春が! どうしたのだ」
「宮部が亡くなってから気落ちしたのだろう。今は入院している」
「あの、気の強い小春が……それで、大丈夫か」
「先般、私も見舞いに行ったが大丈夫そうだ。しかし、結構やつれていたが」
美香は俯くと
「小春も今年で七十歳だ、腰が痛いと言っていたが」
「また、見舞いに行ってやれ。しかし、本当に腰を抜かすかもしれんな」
笑いながら泰蔵が言うと
「冗談はよしてくれ、だがいずれは行くよ」
美香が言うと泰蔵も頷いた。
そこで話を打ち切ると、忙しい泰蔵は、直ぐに帰るというので家中が見送りにでてくる。美香の両親には、軍で美香がアルバイトする、ということにした。無論、両親は泰蔵には逆らえない。
玄関の車の前で美香は、少女の口調になって
「おじい様、ありがとう」
甘えるように言うと、泰蔵の腕に恋人のようにしがみついた。
「な…なにを、みや…いや美香」
赤面する泰蔵に、美香は小声で
「以前、言っていたではないか。なんだかんだと言って、貴様も孫は可愛いのだろ、サービスだ、感謝しろ」
泰蔵は言葉がでず、振り払うように車に乗り込み、そんな泰蔵を美香は微笑みながら見送った。
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