3 真実2

 美香は流されるように海水に飲み込まれ、息ができない。

「うううう! 」

 海水の中で意識が遠のく。


 そこに手が差し伸べられてきた。

「………セーラ」

 セーラは美香を掴むと、美香の口に自分の口をあて、息を吹き込む。


 美香は、うつろな意識の中、なんとか息ができる。そのとき、セーラが語りかけてきた

「美香は私と会った時のこと知りたがっていたね。今、教えてあげる」


 セーラは、美香の鼓膜に直接響くように語りかける。それは美香の脳に直接意識を送り込まれるような感覚で、いつもの夢のビジョンが浮かび上がる

「こ…これは……そうか…そうだったのか……」


 夕凪の海、陽の沈む海岸に流れついたのは怪我をした子供のカーズだった。幼い美香は小さな手にカーズを抱きしめると、怪我をなおしてやった。

 その後も美香はカーズを岩場の隅に隠して時々会いに来た。いつしかカーズは擬態で美香の体をまね。同じ姿になって遊び、一緒に過すうちに言葉を覚え知識を身に付けたが、外見から見えない声帯までまねすることができずカーズは話すことができない。

 最後に沖を行くおぞましい黒い影が見えてきた。今回はそれが、はっきりと目に写った。その黒い影は

「海風! 」

 その後ろに海風の砲撃で無残に穴だらけにされた大きなカーズが浮いている。

 擬態した少女は泣き叫び、その少女となったカーズを美香は悲しそうにだきしめていた。そこでビジョンは消えた。黒い塊を見た時の沈鬱な気持ちは美香の苦しみだったのだ。


 美香は目をとじ、悲しげな表情でセーラを見つめる

『ヤッパリ、ミカはイキテル……アナタハ…ミカ……」

 セーラは、海水が満杯になった格納庫に手を当て、振動波で外に避難した加藤達に

『艦長を返します。ハッチをあけてください』


 加藤達はハッチの窓からのぞくと、美香を抱えたマーメイドがいる。

「まさか、マーメイドが艦長を。しかも止血までしてくれている」

 驚いた加藤にシルビアが


「でもどうやって中に。艦船の外なら、緊急脱出用のホールがありますが、艦外にでると水圧で体がもちません」

 加藤は

「この通路には隔壁のハッチが幾つかあるので、私たちは一度奥のハッチの奥に待機し、その間に人魚側のハッチをあけて通路に水を注水して中に入ってもらい、そのあと水を抜けば入ってこられる。でも、どうやってマーメードに伝えるのかだ。声は聞こえない」

 するとシルビアは


「艦長はマーメイドに手話を使っていた、それなら」

 シルビアは、ハッチの窓にたつと、マーメイドに手話で伝える

『今から、この扉をあけて通路を満水にするので中に入ってください。その後、背後の扉を閉じ通路の水を抜きます』

 セーラは、うなずくと。扉から離れる。


 加藤は自分達の通路のハッチを閉めて外の通路に注水し、海水が満杯になったところにセーラが入ってくると、入ってきたドアを締めてその区間の海水をぬいた。

 そこに加藤とシルビアが入っていく、沖田は背後で警戒している。


 セーラは意識朦朧でずぶ濡れの美香を加藤達にわたすと、美香を預かった加藤は、セーラに深々とお辞儀した。

 シルビアも、胸に手をあて、拝むような手話をする。

 美香をつれて奥にもどると、ハッチをしめ再び注水してセーラを逃してやった。


 美香は、すぐに意識をとりもどし、

「どうして、あなたたちが! 」

 美香が茫然としていると、シルビアが


「何があっても艦長は連れ帰れと、と言われていましたので」

「……泰蔵だな。でも、あなたたちも危ないのに」

 シルビアはうなずくと


「退艦命令が出るような事態になれば、艦長は船に最後まで残るでしょう。そのときは、艦長を連れ帰るため、沖田少尉に来てもらうことにしていたのです」

 沖田は、海風が一瞬浮上したとき、単機で海風を追ってきたのだった。美香は「そうか…それで、最初にカーズに捕まった時、浮上を提案したのか」と苦笑いをして言う。


 そのとき、艦内に、あの子守歌が流れ始めた。すると、カーズがゆっくりと触手を離し始める


「セーラ! 」

 美香は、ふらつきながら艦船の外壁の耐圧ガラス窓に向かい、美香は必死でセーラを呼んだ。


 気がついたセーラは潜水艦の外から、窓越しに美香に向かい合った。海の中に浮かぶ、セーラの髪が海藻のようにゆれ、マーメイドの女神といった姿だ。

 会話の手段は手話しかない。


「セーラ、これからどうするの」

『ワタシには、もう、このコしかいません。フタリで、シンカイにモドリます』

「また、一緒に学校に行けないの」


『イマは、ムリでしょう。ガッコウのミンナニよろしくツタエてクダさい。タノシカッタ』

「私が何とかするから。戻ってきて」

『でも、このコたちも、ダイジなカゾクなのです』

「わかりました。これからはわかりあえるよう努力する」


『ありがとう。ワタシのカーズはもうコノコだけ。でも、ホカのウミにはまだいます。キをつけてクダサイ。また、いつかアイマショウ』

 そう言って、セーラは最後に微笑むと、コランダムの宝石のような淡いブルーに輝き、碧海の深海へ消えていく。

 そのとき、セーラと一緒に行った磯で見た、小さな無数のカーズの幼体がセーラを追いかけるように体を包んで深海に消えていく。



 シルビアはセーラを見ながら

「艦長に似てますね」

「セーラは私、いや、美香さんを真似たのだ」

「まねた……」

 シルビアが聞くと、美香は


「カーズはこのままでは人間の艦隊に絶滅させられると思ったのだろう。そこで人間の知恵が早くほしかった。しかし、進化を待ってはいられないので、見た目だけでも人間に擬態する方法を選んで、人間に近づいた」

「それで巧みな戦術ができるようになったのですね。そこまでして人間の知識が欲しかったのか」

 加藤がやりきれない口調でいうと。


「いや。カーズは人間と対話したかったのだろう」


 美香の言葉に加藤とシルビアは返す言葉がない。

「人魚姫の物語では、王子を助けたのが自分だと言えず、泡となって消えたのだったな」

 美香はセーラの消えた深海をいつまでも見つめていた。

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