エピローグ 

墓標

 洋上では海風から脱出した潜水艇が多数浮かび、傷ついた重松の艦船が救助を行っている。しかし、ほとんどの潜水艇が重松の艦船に乗り移らない。みな、戻る見込みのない海風を、わずかな望みを抱いて待っている。

 そんな状況を重松艦長は艦橋からやりきれない表情で見ていた


「やつらは、海風が戻ってくるのをまだ待っているのか。あの大群を相手に助かる確率はゼロだ、早く乗るように言え。見ていられない」

 横の副艦長も苦悶の表情だった。

 周囲は変わらず夕暮れが近い海原が静かにうねっている。小さな潜水艇に揺られる海風の兵士たちは、母艦が戻ってこないかと海を見つめていた。


 そのとき、近くの海面が、盛り上がりはじめた。 

 ゆっくりと、大きな黒い塊が海の中から姿を現す。一瞬、カーズかと思われ、緊張が走ったが。

 現れたのは……


「海風! 」


 皆、眼をみはった。その灰黒色の巨体が序々に海中から姿を現す。

 浮上した海風の巨艦は少し傾き、激戦の傷跡がなまなましいが、夕陽をあびた雄姿は皆の誇る海風だった。

「戻ってきた! 」


 ほとんどの船員が涙している。重松も震えながら、傷ついた海風の艦影を見つめていた。

「なんて娘だ。二十体のカーズに、まさか一人で勝利したのか! これは、伝説……いや、もはや神話だ」

 重松をはじめ艦橋のクルーも全員、声がなかった。


 甲板に一人の少女が姿を現した。

 それは黒髪を海風になびかせ、輝く瞳で両手を広げて皆を招いている美香だった。


「浅波艦長だ!」

 脱出した潜水艇は我先に海風に群がるように接艦すると、船員達は美香の立っている甲板に駆け登り、走り寄って行った。


★ エピローグ(美香の墓標)

 

 海沿いの崖の上に小さな石の墓標がある。


 その前に髪を短くし、ワンピース姿の素朴な美香がたたずんでいる。そこに加藤とシルビアがきた。

「すみません、遅れました」


 夕凪の海は黄昏を迎えていた。美香は振り向くと二人をしげしげと見つめ

「普段着の加藤大佐は、いいお爺さんね。それにシルビアは、どこかの町のきれいなお姉さん……というか、お嫁さんになるのでしたね」

 シルビアは照れるように笑うと。


「それより艦長は男言葉を使わないのですね」

 シルビアの言葉に、美香は微笑んでうなずくと。

「もう私は艦長ではないですよ、それに宮部でもありません」

 加藤とシルビアも笑顔で頷いた。


 三人は、本当の浅波美香の墓がないので密かに小さな墓を作っていた。しばらくカーズとの戦いで来ていなかったので、久しぶりに墓参りに集まったのだった。


 シルビアは美香をみて

「どうして髪を切られたのですか」

「墓標だけではさびしいから、私の髪を墓の中に埋葬したの。切った髪は、以前の美香さんが生きていた時の部分」

 短い髪の美香はそぼくな少女の表情になるが、どこか決意のようなものが伺える。


「ところで、これを置いたのは加藤大佐ですか、それともシルビア少佐ですか」

 二人とも首を横にふる。

「ここを知っているのは、私たちだけなのに……」

 墓標の前には、桜色の貝殻と色鮮やかな珊瑚が少し置かれていた。


「海からの献花ね。きっとマーメイドが置いていったのでしょう」

 美香がひとり言のように言うと、加藤とシルビアも頷いた。


 そのとき、強い海風が吹き抜け美香の淡い海色のスカートが波打った。美香はその風に自分を呼ぶ声を聞いたようで、思わず海原に振り向く。

 美香は水平線に沈む夕陽の下、その赤い陽を背に高く跳ねるイルカと、それに乗るマーメイドを見た気がした。


(了)

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碧海のマーメイド @UMI_DAICH_KAZE

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