3 真実1
一人、指令室に戻る美香。
閑散とした指令室にモニターの電気がさみしげに点滅している。机の隅にある鏡を見ながら、海風の全システムを艦長席に集中させている。
(思い残すことはない。一度死んだ命だ、美香さん礼を言うよ)
独り言をつぶやくと、再び外部から声が聞こえる
『残ったのが本当の艦長か確認する。ハッチをあけて、私を中に入れなさい。変な真似をしても無駄なのは、わかっていますね』
(わかっているさ。この海風ごと、あんたも死ぬきだろ)
そうつぶやくと、美香は潜航時にガネットが発着する鑑底の圧力隔壁プールに向かった。
美香は一人、広い格納庫の奥にあるプールの前に立つと、リモコンで扉をあけた。
しばらくして、水の中から人影があがってくる。
「おいでなすったか、どんな奴だ。丁寧にお出迎えしよう」
緊張しながら見つめる水面からあがってきたのは……
「セーラ! 」
マーメイドは美香をみて愕然とした。美香も同じだ。
セーラは色鮮やかな貝と珊瑚の装飾で胸を覆い、白く細身の体の腰に海藻のような衣をヒップスカーフのように巻いている。
手には真珠と珊瑚で飾られた鮮やかな銀色の槍を携えている。まさに、艶やかな人魚のような姿だ。
しかし、体中に傷を負い、立っているのがやっとのようだった。
(どうして、あなたが)といった表情で美香を呆然と見詰めている。
美香も同様に
「マーメイドが、まさかセーラ……」
しばらく二人は声が出なかった。
セーラがふらつくと美香は駆け寄っていった。
「どうして、こんなになるまで」
セーラは槍をおいて、信じられない表情で手話を始めた。
『ワタシハ、ミカをタスケルため。タイカンするようメイジタのに。ミカがカンチョウなの』
美香は頷いて
「なぜ、
『イイエ。スベテのカーズをココにアツメタ。タイヘイヨウにビッグカーズはいない……コレイジョウ、タタカウことはデキマセン』
セーラは沈鬱な表情で手を動かす
「そこまでして海風を……」
『チガウ、カンチョウがコワカッタ。ミヤベをコロシタのに、イマのウミカゼのカンチョウもキョウイだった……マサか……ミカだなんて』
瞳を潤ませセーラは震えている。
「あの宮部の乗った飛行機をカーズに襲わせたのはセーラなの」
『ソウ、ミヤベだけはユルセナイ、だからコロシタ』
「どうして、そこまで宮部を」
『ヤツはわたしのリョウシンをコロシタ』
これまで見せたことのない怒りの表情でセーラが言うと美香は宙を見上げた。
その目には涙がひかっている。美香は黙っているべきか迷ったが
「セーラ……私は、あなたの知っている浅波美香ではありません。親友のあなたに嘘はつけません」
セーラは不思議そうな顔をしている。
「私は…宮部です。あの飛行機事故で美香さんは死んだ。その体を私が受け継いだ」
何を言ってるのか、といった表情のセーラはひきつった笑いを浮かべ
『ジョウダンは、よして』
美香は首を横にふると
「十七歳の少女に、この巨大潜水空母の艦長が務まると思いますか」
セーラは口に手をあてて、ひきつっている。
『それならワタシがミカをコロシタノ! 』
セーラは真っ青な表情だ。美香は
「ちがう! あれは事故だ」
混乱したセーラは叫んだ。
周囲にセーレンの超音波が響き渡る。あのカーズの叫び声のようだった。
「あああ! 」
至近で響くセーレンの声に美香は両手で耳を覆った。鼓膜が破れるような悲鳴。それは、脳髄に直接突き刺さるように響いてくる。美香はその場に倒れ込んでもがいている。
そんな美香を見てセーラは声をとめた。美香は、ほとんど気絶状態で朦朧としている。
セーラは蒼白の表情で槍を握ると、ふらついた足で美香に近づき、美香の喉に矛先を突き付ける。
美香はセーラの槍の下で覚悟した。
「わかっている…私は君の知っている美香さんを奪った。もういい、これ以上偽りの人生を送りたくもなかった」
しかしセーラは今の美香との生活が思い出される。宮部である今の美香も優しかった。
セーラは動けず、震えている。
そのとき、仰向けの美香の目に、格納庫の上段から銃を構える者が目に写った。美香は、セーラを突き放し、セーラをかばうようにした瞬間、数発の銃声がした。
『………』
セーラが真っ青になる。
そこには、加藤とシルビア、その横に銃をかまえる沖田がいた。
肩に銃弾をうけて、なおもセーラをかばうようにしている。
「艦長! そいつはカーズの人魚では」
加藤の声が格納庫に響く。
「違う! 私の友達」
すると、セーラが美香の頬に手をあて
「……まだ、友達と言ってくれるの」
セーラの声が聞こえる。美香は驚いて
「どうしてセーラの声が」
「私たちに声帯はない、エラのような器官から共鳴振動を使っているの。でもこの方法は、人間には不審がられるから、使わなかった」
「だとしたら、やはりセーラは」
「そう、私はカーズ」
美香は、一瞬言葉が詰まった。
そのとき、艦が大きく揺れる。
さきほどのセーラの叫び声で、海風を捕まえているカーズが動揺し、セーラを助けようとして格納庫の側壁に打撃音が響く。次の瞬間、ひび側壁にヒビが入り浸水が始まった。
「艦長! 」
シルビアが叫ぶ。
シルビア達は格納庫の上段にいるため、浸水は免れているが、下にいる美香は一気に濁流に飲みこまれた。
見る間に格納庫の中に海水が入り込み、水没していく。シルビアたちは通路に逃げ込む
「我々は奥に入って隔壁を閉鎖する」
加藤が言うと
「でも艦長が!」
シルビアが涙声で叫ぶ。
「宮部……いや、浅波准将なら、そう英断される」
シルビア達は止む無く格納庫から出て、浸水を格納庫だけに留めるよう、すべてのハッチを密閉した。
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