1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦(美香の秘密)
大型潜水空母『
排水量五万5千トン、全長二百五十メートル、基本は潜水艦だが船体の上部を平らにした離着艦用のカタパルトと滑走路を備え、右舷に司令塔が配置されている。
約五十機の艦載機を搭載し、魚雷発射管二十四門、衛星軌道までも射程とする水中でも射撃可能な振動波荷電粒子砲(パルスキャノン)を装備し、さらに大陸間弾道弾の発射管も備え、この強力な武装を有した大型の潜水空母の艦長は、その気になれば世界の軍隊を相手に戦うことができるとさえ言われている。
そんな太平洋艦隊最強と謳われる潜水空母「海風」の中に車が入ると、艦内の奥の扉の前で停まり、美香は車から降りて自らの執務室に向かった。
そこで、学生服からタイトなスカートに、いくつかの徽章をつけた軍服に着替えて一息つくと、ドアをノックする音がした
「浅波艦長! シルビアです。藤森シルビアです! 」
棘のある声で名前を連呼するシルビアに、美香は真っ青になって黙っていると
「ゴキブリですので、勝手に入ります」
いきなりドアを開けて入ってきたのは鮮やかなブロンドのショートヘアー、均整のとれた体にフィットした軍服に少佐の階級章を付けた二十代の日本人と欧州系のハーフで、モデルのような女性士官だった。
ただ、アンダーフレームのメガネをかけた理知的な碧眼の瞳は、伏し目がちに何か言わんとしている。
美香はひきつった笑顔で
「ふ……藤森さん」
「シルビアでいいです」
あきらかに、メールのことで怒っているようだ
「メ…メールというものは、相手の顔が見えないせいか、思ってもいないことを書いてしまいますねー……よくないですねー」
しどろもどろで、美香は目を合わさないで話している。
「そうですね、深層心理に隠されている、真の意識というものが、文字という意思疎通記号媒体により顕在化するのでしょう」
仰々しく言うシルビアに
「要は本音がでたと……」美香が小声で言うと続けて
「まあ、私も思春期の高校生だしいろいろ難しいのよ。それよりシルビアはいつも綺麗ね、どうしたらそんなにスタイルが良くなるの」
なんとか機嫌をとろうとする美香に、シルビアは肩を落として
「スタイルは艦長も十分良いではないですか、それに思春期ねぇ……もういいです。それより急にお呼びしてすみません、今は他の潜水艦が出払って、現在出撃可能なのは海風だけなのです」
「わ……わかりました。ところで、発見したカーズはどのあたりに」
シルビアは、部屋の壁に備えている大きなモニター画面に海図を映し出すと、位置を指し示しながら
「紀伊半島沖を東に進んでいるようです。人工衛星が影を捉えています」
「何体ですか」
「一体です」
「一体……だけ……」
急に真顔になった美香は、納得のいかない表情で考えたあと
「わかりました。それでは、指令室に行きましょう」
静に答えた美香に、シルビアは少し笑いながら
「浅波艦長、ようやく女性言葉になってきましたね」
美香は照れ臭そうにしたあと、緊張がとれて急に口調が変わる
「そ…そうか。この体になって一年、実はまだ慣れなくて結構、地がでてしまうのだ、特に君や加藤大佐の前ではな。この前、奴と将棋を指していたら、つい足を開いてしまい、スカートの中が丸見えだと怒られたよ。しかし、結構うれしがっていたようだがな」
美香は自分で言って苦笑いを浮かべる。声は少女だが男言葉になる美香に
「気を付けてくださいね、艦長は可愛いですから艦内でも謎の美少女と話題ですよ。指令室と一部の士官以外には伝えていないので、誰もこの巨大潜水空母『海風』の艦長などと夢にも思わないでしょうから」
「わ……わかっておる。それより早く出港だ、あの憎きカーズをタコ殴りにボコって、皆殺しにしてやるのが、私の生きる全てだからな! 」
美香は両手の拳を握り、声が大きくなる。
シルビアはやれやれと言った表情で
「艦長は幾つだと、お思いですか」
「今年で七十……いや十七歳だ! 」
慌てて、訂正する美香に
「艦長、気持ちはわかりますが、みんなの前でそんな下品な言葉使いはしないでくださいね。確かに十七歳の女子高生ですが、精神年齢まで下げないでください」
あのメールのことも含んだ言い草で、一瞬詰まったあと
「わっ……わかった、気を付けるよ。でも君も結構話題になっているぞ、美人士官として、SNSでも話題たぞ、週刊誌にも載ったのだろ」
「はい、でも雑誌の取材とか苦手なので、困るのです」
辟易とするシルビアとともに、美香は艦長室からCIC(指令室)に移動した。
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