1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦(浅波艦長)
通路の先端の扉があいて中に入ると、やや暗いが広い部屋で、多くの点滅する計器類にディスプレィ・パネルが配置され、二十人前後のクルーが、それらの計器類を忙しく操作している。
「みなさん、遅くなりました」
美香は明るく少女らしい挨拶をすると、指令室のメンバーが一斉に敬礼する。
美香とシルビアを見上げる男性クルー達は
(やっぱり、美香艦長とシルビア少佐が並ぶと絵になるな)
(まったく、少女のあどけなさを残しながらも、体はしっかり大人の美少女艦長に、外国映画の女優のようなシルビア少佐、これを拝めるだけでも海風に来たかいがあったよ)
スタイリッシュに軍服を着こなしている美香とシルビアに見とれながら小声で話している。
シルビアは自分のオペレーションブースに座り、美香は指令室の最上段にある操作パネルが並んだ艦長席に座ると、初老の兵士が美香の横に立ち
「出港の準備は出来ています。浅波准将!」
「わかりました加藤大佐。これより出港する旨を港の管制官に伝えてください」
「了解しました」
副艦長の加藤大佐は、しゃきっと敬礼する。
美香の座る艦長席は、他のクルーからは見上げる位置にあり、膝上までのスカートからスレンダーで白い素足をそろえて座っているため、どうしても男性の目線がそこにいく。
指令室には女性クルーもいるため
「また、男たち、美香艦長の素足を見ているよ。今日はタイトスカートだけど、この前なんかミニスカートで危なかったし」
「そうそう、注意したのだけどね。十七歳の女子高生とは思えない優秀な艦長なのに、意外にその辺はルーズなのよね」
女性たちは、無頓着な美香を見て、あきれながら噂していた。
◇
しばらくして海風はゆっくりと護岸を離れ、穏やかな瀬戸内海から大阪湾を横断し、紀伊水道を南下する。美香はその間、艦長席にシルビアが持ってきた挽きたてのコーヒーを飲みながら、海図などを確認していた。
香りのよいコーヒーに加藤大佐が美香に
「よい香りですな。シルビア少佐が、艦長のご所望だと言っていましたな」
「ええ、少し酸味があって好きなの、どうしてもほしかったの」
「ほう、そんなにお好きな銘柄とはなんですかな」
すると、美香は急に青ざめて、小さな声で
「………キンタマーニ…です」
「ええ! 艦長はキンタマがお好きなのですか。そうでしたか……」
自分の股間を見て考え込む加藤に、美香は真っ赤になって
「馬鹿! キンタマーニです!」
大きな声で叫んでしまい、周囲のクルー達が笑うと、気づいた美香は、真っ赤になって黙り込んだ。
◇
周囲の島がなくなり広大な太平洋に出ても、しばらく浮上して進んだが、戦闘海域に近づくと潜航を開始し、海の波間にその巨艦は沈む。
美香は、斜め下の副長ブースのシルビアに
「深く潜航すると、人工衛星や支援航空機からの電波が届きません。しばらくは潜望鏡深度で航行してください。ところで相手の位置は掴めましたか」
「はい、先ほどソナーで動きを捉えました。カーズはやはり一体です、ミドル級のカーズです」
シルビアは目の前にあるモニター類を見つめ、キーボードを操作しながら答える。
「ミドル級といえども体長三百メートルはあります、この海風とほぼ同じ大きさです。油断しないでください。それと、ロストしないように」
美香の言葉に、シルビアもうなずく。海中では電波がほとんど通じない。そこで、音波を使って障害物や相手の動きを察知する、微弱なカーズの泳ぐ音などを捉えるパッシブソナーで追跡していた。
カーズも音には敏感なため、海風は静音性の高い超伝導電磁推進で慎重に進んでいる。
時々鳴る計器の小さなシグナル音だけの静かな指令室で美香は加藤大佐に。
「先制攻撃ができるとよいのですが」
加藤大佐は六十歳過ぎた、かつて宮部の右腕とも言われる歴戦の士官で、細身で眼光はするどく、いつも険しい表情をしている。
そんな加藤にもシルビア少佐と反対側に、コンピュータ端末やモニターの揃った副長席があるが、優秀なシルビアがコンピュータ解析をほとんど一人でするので、席に座ってもあまりすることがなくパソコンも苦手なので、戦闘態勢に入ると、いつも艦長の横に立ち、使い古されたタブレット端末を持って艦長の補佐をするようにしていた。
それは以前の宮部艦長の頃からだった。そんな加藤大佐と美香の姿を指令室のクルーは、お嬢様と、その世話をする老執事みたいだと噂している。
加藤は、海図やレーダーなどの情報が映し出されるモニターを見ながら。
「艦長、カーズの動きに変化はなく、おそらく我々に気づいていません。このまま近づけば先制攻撃ができると思います。水中での射程は短いですが強力なパルスキャノンで仕留めましょう」
パルスキャノンは大気中では衛星軌道まで到達するが、水中では射程が二千m程度と極端に短くなる。しかし、威力は強力で固いカーズの甲羅をなんとか貫ける武器でもある。加藤の提案に美香は少し考えたあと
「おそらく気づいていない…ですか。わかりました、一応奇襲攻撃をしますが、念のため沖田の攻撃部隊を、座標x080、y300の地点に待機させておいてください」
美香の指示に加藤は驚いて
「そこは、今通過した場所ではありませんか。特に異常はなく他にカーズが潜んでいたようには思えません」
「念のためです。おそらく、というのは全て消し去らねばなりません。伏兵や援軍の存在、陽動、罠、さらには退路。すべてをクリアー、あるいは最悪の状況を念頭にして、勝つべくして戦いを挑むのです。これは競技ではありません、私たちの命もかかっています。戦争は、勝利するシナリオを具現化する行為なのです」
毅然とした美香の言葉に周囲は静まりかえる。美香は指令室の通信オペレーターに目をやると、オペレーターは我にかえって、海風の艦載機部隊である沖田隊に指示を出した。
「沖田隊はすぐに発進し、x-080y-300地点で待機せよ。その他の艦載機は臨戦体制で艦内に待機! 」
海風には攻撃、補給、哨戒、索敵、通信など多方面の行動が出来る艦載機を搭載している。その中でも沖田隊は海風の主力攻撃部隊で、空中、水中でも戦闘が可能なマルチ戦闘爆撃機ガネットフェンサー(通称ガネット)を発進させる。
ガネットは、戦闘機の形状で胴体両脇に二つの可動式のメインエンジンを搭載し、空中では浮遊カーズに対抗するため、人間の足のように下向きにして空中静止や上下左右の複雑な動きができる。
沖田隊は、ガネットに目標追尾型のホーミング魚雷を搭載したあと、海中からの出撃のため艦底にあるプール状の発進ゲートへ沈むように潜航し、水圧隔壁を通って艦底から外へ進発する。
一方、海風はそのまま、闇の海底を這うように進んだ。
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