1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦
沖田隊が発進するのを確認したあと美香は
「先制攻撃をするには、どこか不意を突ける場所があるとよいのですが」
すると前に座るシルビアが振り向いて、美香を見上げるように
「前方に海山があります。カーズはその裾を回りこむようですから、我々は反対を回って、出会い頭を攻撃すればどうでしょうか」
その案に感心した加藤が
「確かに、それで先制攻撃ができます。どうでしょう艦長」
シルビアの案に同意したが美香の返事がない。
横をみると、美香は片肘をついて前かがみになり、指令室の前面にある大きなモニターに映し出される海図などを睨んで考え込んでいた。美香は前に少し屈んでいるため、襟の間から白く丸い胸元と谷間が見え、わずかにブラものぞいている。
加藤は息をのんで(いかん!いかん! わしは何を見とるんだ。それに浅波艦長は……)さすがにこの歳で、少女の胸元が気になる自分がはずかしくなるとともに、美香の秘密を思うと自分が情けなくなってきた。
そんな加藤に美香は何をしているのかと小首を傾げたあと、おもむろに指示を出す。
「わかりました。敵は海山の右裾を通過するようですから、本艦は左の裾を回ります。遭遇する海山の反対で出会いがしらに集中攻撃をしかけますが、反対を回っている間、相手の動きは捉えられないのでシルビア少佐、タイミングを十分に計算してください」
指示を終えた美香が、ふと横を向くと自分の方を見ている加藤と眼があった。加藤は歳に似合わず赤くなって目をそらすと美香は不思議そうに
「加藤大佐……熱でもあるの」
美香は、そう言ったものの全く気にせず、再びモニターに集中した。
しかし、周囲の女性クルーはめざとい
「見た、加藤大佐、美香艦長の胸元をチラ見してたよ」
「そうそう、鼻の下のばしちゃって。でも美香艦長も無防備すぎない。お爺さんと思って安心してるのじゃない」
◇
冷たい闇の深海、海風の巨艦はゆっくりと海山の裾を回りこんでいく。
海風が海山の反対を回っている間、相手のカーズの音は捉えられない。そんな、手探りの駆け引きに
「海の中は、人の知略を用いて戦う最後の場かも知れませんね」
美香がつぶやくように言うと、聞こえていた横の加藤大佐も
「おっしゃるとおりです。海中では目視はもちろん電波もほとんど通じません。地上や空の戦いではレーダーや人工衛生などで地球の反対にいる敵の動きも掴めるし、戦術、戦略はマニュアル化され、戦力の差、先制攻撃の有無が重要ですが。相手の位置や動きが十分に把握できない海中は、意表をつけばマニュアルどおりにいきませんからな」
美香は頷いたあと、シルビア少佐の声がした。
「あと一分で海山の反対の遭遇地点です」
それを聞いた加藤が振り向くと、美香と目があい阿吽の呼吸で加藤が指示をだす
「全魚雷発射管に注水! 敵を補足しだい、発射する」
一方、美香はそのままモニターを注視している。
海山の反対側をカーズは進んでいる。相手はレーダーなどに捕捉できないため、進行速度などから予測して遭遇のタイミングを計っていた。
「五秒…四秒…一秒」
クルー全員に緊張が走る、射手はトリガーレバーに手をかけている。
しかし……予測した敵が現れない。
海風はそのまま、なす術もなく海山を回り込むように進み、時間が無駄に過ぎていく。沈黙の深海、見えない敵に緊張が高まる。美香を始めクルー全員が息をのみ、シルビアは何度も再計算している
「おかしい! 計算に間違いはないはず、進路を変えたの……」
シルビアが思案していると突然、美香が何か思いついたように立ち上がり
「全方位にアクティブ・ソナーを放って!」
急に叫ぶ美香に驚いたクルーは
「しかし艦長、アクティブ・ソナーだと、こちらから音波を出すので逆にカーズに位置を察知されます」
美香は険しい表情で
「恐らくカーズは私たちを捉えています! こちらも相手を早く見つけないと逆に先制攻撃を受けてしまう。急いで! これは命令よ」
美香がさらに叫ぶように言うと、すぐにオペレーターがアクティブ・ソナーを放ち、シーカーで反射音を確認する。周囲のクルーは沈黙してオペレーターの反応を注視していると、しばらくして、敵の位置を確認したオペレーターは青ざめて美香に振り向き
「か…海山の山頂にカーズが! こちらに下ってきています!」
周囲のクルーは絶句した。加藤も驚いたように
「カーズめ、海山を回り込まず越えてきたのか」
「違う! オペレーター周囲をよく調べて! 」
美香の指示にオペレーターがさらに周囲を確認すると、信じられない、といった声で
「こ……後方に、もう一体! こちらに向かっています」
その報告に、加藤はさらに焦りながら
「まさか二体いたのか! ならば、最初から海山に一体潜ませて、最初のカーズは我らを海山におびき寄せる囮……そんな、知能的な」
唸る加藤大佐、他のクルーも
「このままだと、後方と上からのカーズに挟撃されます」
司令室が騒然とするなか
「兵は詭道なり……」
美香の声に、クルーたちは鋭くモニターを睨んでいる美香に注目した。
美香は意外にも、この危機的な状況を楽しんでいるかのように、薄紅色の唇に薄ら笑みを浮かべている。
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