1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦

 沖田隊が発進するのを確認したあと美香は

「先制攻撃をするには、どこか不意を突ける場所があるとよいのですが」


 すると前に座るシルビアが振り向いて、美香を見上げるように

「前方に海山があります。カーズはその裾を回りこむようですから、我々は反対を回って、出会い頭を攻撃すればどうでしょうか」


 その案に感心した加藤が

「確かに、それで先制攻撃ができます。どうでしょう艦長」


 シルビアの案に同意したが美香の返事がない。

 横をみると、美香は片肘をついて前かがみになり、指令室の前面にある大きなモニターに映し出される海図などを睨んで考え込んでいた。美香は前に少し屈んでいるため、襟の間から白く丸い胸元と谷間が見え、わずかにブラものぞいている。


 加藤は息をのんで(いかん!いかん! わしは何を見とるんだ。それに浅波艦長は……)さすがにこの歳で、少女の胸元が気になる自分がはずかしくなるとともに、美香の秘密を思うと自分が情けなくなってきた。


 そんな加藤に美香は何をしているのかと小首を傾げたあと、おもむろに指示を出す。


「わかりました。敵は海山の右裾を通過するようですから、本艦は左の裾を回ります。遭遇する海山の反対で出会いがしらに集中攻撃をしかけますが、反対を回っている間、相手の動きは捉えられないのでシルビア少佐、タイミングを十分に計算してください」


 指示を終えた美香が、ふと横を向くと自分の方を見ている加藤と眼があった。加藤は歳に似合わず赤くなって目をそらすと美香は不思議そうに

「加藤大佐……熱でもあるの」

 美香は、そう言ったものの全く気にせず、再びモニターに集中した。


 しかし、周囲の女性クルーはめざとい

「見た、加藤大佐、美香艦長の胸元をチラ見してたよ」

「そうそう、鼻の下のばしちゃって。でも美香艦長も無防備すぎない。お爺さんと思って安心してるのじゃない」


 冷たい闇の深海、海風の巨艦はゆっくりと海山の裾を回りこんでいく。

 海風が海山の反対を回っている間、相手のカーズの音は捉えられない。そんな、手探りの駆け引きに


「海の中は、人の知略を用いて戦う最後の場かも知れませんね」

 美香がつぶやくように言うと、聞こえていた横の加藤大佐も

「おっしゃるとおりです。海中では目視はもちろん電波もほとんど通じません。地上や空の戦いではレーダーや人工衛生などで地球の反対にいる敵の動きも掴めるし、戦術、戦略はマニュアル化され、戦力の差、先制攻撃の有無が重要ですが。相手の位置や動きが十分に把握できない海中は、意表をつけばマニュアルどおりにいきませんからな」

 美香は頷いたあと、シルビア少佐の声がした。


「あと一分で海山の反対の遭遇地点です」

それを聞いた加藤が振り向くと、美香と目があい阿吽の呼吸で加藤が指示をだす

「全魚雷発射管に注水! 敵を補足しだい、発射する」

 一方、美香はそのままモニターを注視している。


 海山の反対側をカーズは進んでいる。相手はレーダーなどに捕捉できないため、進行速度などから予測して遭遇のタイミングを計っていた。 


「五秒…四秒…一秒」

 クルー全員に緊張が走る、射手はトリガーレバーに手をかけている。


 しかし……予測した敵が現れない。


 海風はそのまま、なす術もなく海山を回り込むように進み、時間が無駄に過ぎていく。沈黙の深海、見えない敵に緊張が高まる。美香を始めクルー全員が息をのみ、シルビアは何度も再計算している

「おかしい! 計算に間違いはないはず、進路を変えたの……」

 シルビアが思案していると突然、美香が何か思いついたように立ち上がり


「全方位にアクティブ・ソナーを放って!」

 急に叫ぶ美香に驚いたクルーは


「しかし艦長、アクティブ・ソナーだと、こちらから音波を出すので逆にカーズに位置を察知されます」

 美香は険しい表情で

「恐らくカーズは私たちを捉えています! こちらも相手を早く見つけないと逆に先制攻撃を受けてしまう。急いで! これは命令よ」


 美香がさらに叫ぶように言うと、すぐにオペレーターがアクティブ・ソナーを放ち、シーカーで反射音を確認する。周囲のクルーは沈黙してオペレーターの反応を注視していると、しばらくして、敵の位置を確認したオペレーターは青ざめて美香に振り向き


「か…海山の山頂にカーズが! こちらに下ってきています!」

 周囲のクルーは絶句した。加藤も驚いたように

「カーズめ、海山を回り込まず越えてきたのか」


「違う! オペレーター周囲をよく調べて! 」

 美香の指示にオペレーターがさらに周囲を確認すると、信じられない、といった声で


「こ……後方に、もう一体! こちらに向かっています」

 その報告に、加藤はさらに焦りながら

「まさか二体いたのか! ならば、最初から海山に一体潜ませて、最初のカーズは我らを海山におびき寄せる囮……そんな、知能的な」

 唸る加藤大佐、他のクルーも

「このままだと、後方と上からのカーズに挟撃されます」

 司令室が騒然とするなか 


「兵は詭道なり……」


 美香の声に、クルーたちは鋭くモニターを睨んでいる美香に注目した。

 美香は意外にも、この危機的な状況を楽しんでいるかのように、薄紅色の唇に薄ら笑みを浮かべている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る