1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦(決戦)
「戦いは騙し合い。近づくと見せて遠ざかる、欲しいのに欲しくないように見せかける、強いのに弱いふりをする。奴らは孫子の兵法まで知っているようね」
「か…艦長! 笑い事ではありませんぞ。二体のカーズに挟撃されている、どうします」
焦る加藤に、美香は落ち着いて
「後方のカーズは真っすぐこちらに向かっているので、沖田隊に気づいていません。カーズが沖田隊に気づかないよう、こちらに注意をひきつけましょう。海風のパルスキャノン、魚雷の火力全てを、後方のカーズに向けて攻撃してください」
「上からのカーズはどうするのです」
「戦いは騙し合い、今度は私たちが上からのカーズに気づいていないふりをするのです。それに上と後ろの両方に火力を分散するのは、各個の攻撃力が減り相手の思うつぼです。まずは後方のカーズに集中してください」
流れるような美香の指示は何の迷いもないため、少女の声だが、力強く聞こえる。すぐに、後方のカーズに向けて海風の魚雷、パルスキャノンが乱射された
「艦長、この距離ですとパルスキャノンは射程外で無駄撃ちです」
「よいのです、奴らもパルスキャノンの脅威を知っているはず。それが後ろに向いているとなれば、上から来るカーズは油断するか、この隙にと、一気に迫ってくるでしょう」
美香の言う通り、上からのカーズが速度をあげてきた。
「艦長! 上からのカーズが迫ってきます」
クルーの上ずった声が響く。しかし美香は冷静だ。
「相手の距離を読んで」
艦長席の美香は、いつもの癖で片肘をついてモニターをにらんでいる。
「距離三千、二千五百……艦長、危ないです! 」
「まだです、まだ後ろのカーズに攻撃を続けてください」
美香の指示だが間近に迫るカーズにクルーは焦っている。後ろのカーズはさすがに海風の集中砲火でひるんでいるが、上からのカーズは健在だ
「距離二千m! 」
加藤も焦った声で
「上からのカーズが、パルスキャノンのインゲージ内に入りました、早く攻撃を、やつらの攻撃は硬い槍のような触手による打撃と、そこから放つ高電圧、捕まったら終わりです」
「まだです。それこそパルスキャノンを外したら終わりです、一撃で仕留めなければなりません。全砲が確実に命中する距離まで引き付けます」
そのとき上からのカーズが、避けるような動きを始めた。
「奴め! 回避運動を取り始めましたぞ」
「さすがに全く撃たない、こちらの意図に感づいたようね。初弾をできるだけ回避するつもりだわ。でも、その迷いが命取り」つぶやくように言ったあと、声をあげ
「メインタンク急速ブロー! 仰角三十度で浮上し接近して」美香が指示すると、海風が大きく上昇する形で浮上する。
「相手はあの巨体で、かなりの速度で下っていたから急に止まることはできない」
まだ危機的な状況だが、美香は冷徹に笑みをたたえている。それは、相手を罠に落とし込み、あとは嬲り殺しにする冷酷な殺戮者のようだ。
海風は飛行機が上昇するように浮上し、避けようとするカーズに肉薄する。するとカーズは避けられないと見て、触手を海風に伸ばしてきたが
「遅い……」
美香は静かな口調でつぶやいた。
すでに砲門は全て上からのカーズに向いている。
「パルスキャノン、斉射! 」
鋭い声が指令室に響きわたる。直ぐに海風のパルスキャノンの一斉発射の振動が伝わり、至近で被弾するため、その衝撃波で海風もかなり振動し、何かにつかまっていないと立っていられない。
砲撃はわずか数秒の一撃だった。
しばらくして、ソナーを担当するクルーが笑顔になり
「カーズ! 沈黙しました」
その言葉に、周囲は安堵のため息がもれ、指令室の空気が和んだように見えた……が
なぜか美香は胸を押さえて息を荒げ、上ずった声で
「パルスキャノンの第二波を斉射し、とどめをさして! 肉片が残らないほど、八つ裂きにするのよ! 」
これまでの冷静な美香とは思えない豹変した声に、クルー達は呆然としている。
「……艦長」
加藤が声をかけると、美香はわれに返ってハッと顔をあげた。周りのクルーたちが心配そうに見ている
「あっ……ごめんなさい。絶命を確認したのなら、もうよいです」
俯いて恥らうように答え、落ち着いた美香に周囲のクルーたちも安心した。
一方、後方のカーズは、海風の攻撃で弱ったところに、海底から沖田隊が迫っていた。
カーズは沖田隊に気付いていないようで、腹を沖田隊に向けた無防備な状態で進んでいる。
カーズの背中は固い甲らに覆われたカブトガニのような姿で、腹部には昆虫のような脚と、無数の触手が蠢いて気持ちの良いものではないが比較的脆い。沖田隊はカーズの下方から迫り腹部に攻撃を集中させ、背後に無警戒だったカーズは全弾を浴び即死に近い状態で沈んだ。
◇
再び、静けさがもどると、シルビアが最後の確認を行い
「完全に撃破したようです」
艦内が少し沸くと、美香も肩の力をぬいて席に座りなおし
「さすが沖田隊ね、相手に気づかれないよう海底から迫っていた。通信ができないけど私達がカーズを引き付けていた理由を理解していたようね、沖田隊をねぎらっておいて」続けて艦長席のモニター類の電源をオフにすると
「みなさん、お疲れさま、作戦終了です。港へ帰還してください」
やさしい笑顔で言うと席をたち、長い黒髪をひるがえし颯爽と退出する。そんな美香の、スタイルの良い後ろ姿にクルー全員が敬礼した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます