1 紀伊半島沖 カーズ追撃戦(深海のマーメイド)
カーズを撃退したあと、美香は母港に向かう洋上で加藤とシルビアを艦長室に呼んだ
「先ほどは、つい興奮してしまった……すまない」
男言葉で、パルスキャノンの過剰攻撃指示を謝った。
「艦長殿の過去を思うと無理もありませんが、そんなに興奮されるとは珍しいですな」
加藤が心配そうに言うと
「面目ない。実は最近、夢見が悪くてな、それがあるのかも……気を付けるよ」赤面して答えると
「ところで見てほしい画像があるのだ」
美香は本題に入り、壁のモニターに沖田達が偶然写した画像を見せた。それは、深海の暗闇の中で分かりにくいが、大きなイルカかシャチのような魚影に細く白い物体がつかまっている。画像を止めてズームすると
「これは!……」
加藤は絶句した。シルビアも信じられない表情で見ている。
「暗くてよくわかりませんが、あきらかに人の姿ですね。でもこんな深海に……」
乱れゆらぐ黒髪、腰と胸を鮮やかな海藻や貝殻のようなもので巻いただけの白い裸体は、明らかに女性の体つきだ。それは次の瞬間、魚雷の爆発で何も見えなくなった。
「見てのとおり人魚とでも言おうか、魚のような尾びれはないが」
美香が画像を消すと
「まさか……噂されている、カーズの第三進化ですか」
「ああ、私たち女子高生の間でも話題になっている人間カーズだろう」
美香は少し冗談ぽく言ったあと、真顔になり
「深海の洞窟の中でカーズが発見されてすでに一世紀が過ぎた。カーズは容易に遺伝子操作が出来る特徴があるため、移植用の臓器などを作り出せる生物として世紀の発見とされたが、研究は失敗と言えるものだった。ただ、あらゆる国で研究されたため、保管の粗雑な研究機関も多く、不用意に海などに廃棄されたものが異常進化を起こし、あらゆる形態に進化したカーズが人間に牙を向けている………というのが、先進国側の定説だが」
含みを残した美香の言葉に、シルビアは同意するように
「結局は責任の押し付け合いですね。それと昔のカーズの攻撃は単調で、力押しだと聞いています。それが、ここ十年ほどで今回のような待ち伏せなど知能的な行動をとることが多くなってきました。これも恐れていたカーズの知的進化と言われる第三進化形態がこの人魚に関係しているのでしょうか」
「私も、そう感じている。ただ、進化と言うには、魚類あるいは甲殻類に近いカーズが、いきなり人間にまで進化するだろうか。それほど単純なものではないように思うが。とにかく、シルビア少佐、この画像をカーズ対策研究所に送っておいてください」
「承知しました。しかし、あそこは何をしていることやら」
「そういえば、シルビアはカーズ研究室にいたことがあったのだな」
すると、シルビアは少し思うことがあるように
「はい。彼らは人魚にかなり興味があるようで、海外ではすでに、人魚を捕えている噂もあります」
「人魚を手なずけるというわけか。カーズを倒すのはカーズで、というわけだろう」
「そうですね、でもそれ以外のことも考えているようで」
含みを持った言葉のシルビアに、美香も考え込み
「カーズも知能を持ってきている。下手に人間と近づくと、逆手に取られる可能性もある。興味本位の研究材料として扱うには危険だ」
シルビアと加藤が頷くと、美香は二人を見つめなおし。
「とにかく、早くカーズを退治する必要がある。次のカーズ殲滅の作戦『霧の雷鳴』は、環太平洋が一丸となってカーズを殲滅する大作戦だ。これでカーズに決定的なダメージを与えられるだろう。この作戦には海風が主力となるので、加藤大佐とシルビア少佐も、よろしくお願いしますね」
すると、加藤が息を荒げ
「無論です! かの宮部中将悲願の作戦が、艦長のおかげで、ようやく実行されるのです。私は命を賭して浅波准将にお供しますぞ」
そんな加藤に、シルビアは笑いながら
「加藤大佐が、女子高生にそんなことを言うのは、ちょっと変ですよ」
美香も笑いながら
「昔から加藤大佐はそうだな。それと、初めてカーズが人類を襲った日に、修学旅行の船で亡くなられた藤森静音先生の孫になるシルビアと一緒に戦えるのは、縁(えにし)を感じるよ。先生の無念を、一緒に晴らせると思うと、感慨深いものがある。とにかく、二人はこれからも力になってください」
改めて二人を見つめて言うと、加藤とシルビアは大きく頷いた。
「それでは二人とも下がっていいですよ」
二人はさっと立ち上がり、敬礼をして部屋を出ていった。
◇
加藤とシルビアは艦長室を出ると通路を歩きながら。
「浅波艦長は見かけは少女なのに、あの采配は私が尊敬する宮部中将そのままです」
シルビアが、あこがれるように言うと、加藤も誇らしげに
「うむ、まさしく神算鬼謀の艦長だ。あの可愛い外見とは裏腹に、カーズへの憎しみはだれよりも強い」
「そうですね。そう言えば、今の浅波艦長は加藤大佐のお孫さんと同じ歳だとか」
「はは、そうなるな。宮部中将も生きていればもう退官されているお歳だ、私より年上の大先輩にあたるのだがな」
するとシルビアは、笑みをこぼしながら。
「宮部中将は生きていますよ、浅波美香として」
加藤は遠くを見るような目で
「そうだったな。あの事故で宮部中将は亡くなり、太平洋艦隊は絶望的だった。姿は違うが今こうして我々の前におられ、頼もしい限りだ。しかし、美香さんには気の毒だが……」
加藤はそう言うと、名将だった宮部中将が、今の浅波美香にならざるを得なかった一年前の、あの不幸な航空機事故を思い出し、少し複雑な笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます