2 転生
一年前……
気がつくと、そこは病室だった。寝ている宮部修一郎の眼下で、自分を見つめる夫婦がいる。
「気がついたの、美香さん」
まだ、朦朧としている意識の中、その夫婦は交互に自分の名前を『美香』と呼んだ。
(みか…だと……わしは修一郎だが……)
意識は少し戻ったが、体に力が入らず声もでない。次に修一郎は自分の体の異変に気がついた。なんとか動いた腕を見ると、本来は七十歳の皺だらけの腕が艶やかで細く白い。その腕を胸にもってきたとき、自分の胸にやわらかい起伏があるのに気づいた。
(なんだ、これは!)
その事実を知るのに、さして時間はかからなかった。
(どうやら、想像しえない事態になったようだ。しかも若い娘……まだ夢を見ているのか、この歳になって女性になる夢を見るとは……)
しかし、意識は完全に修一郎自身だった。宮部はここまでのいきさつを、簡単に頭の中で整理した。
◇
それは、一瞬の出来事だった。
宮部は、久しぶりの休暇のため旅客機で移動中、突然、軽飛行機ほどの浮遊カーズが襲ってきた。通常は入ってこられない飛行空域になぜ入ってきのかわからないが、カーズはスクランブルした戦闘機の攻撃を受けながらも瀕死の状態で宮部の乗っている旅客機を狙い、最後は飛行機に激突してカーズもろとも墜落した。他にも旅客機が飛んでいる中で、あきらかに宮部の旅客機を目標にしての捨て身の攻撃だった。
それは、一瞬のことで、宮部は目の前が真っ白になったかと思うと、そのあとの記憶はなく、気がつけばこの病室にいた。
◇
夫婦は寝ている自分を見つめて
「わかる、お母さんよ」
(お母さんだと…それに私はミカというのか。この両親は今の私、というかこの体の親というわけか。きっと、御両親は死んだと思った娘が生き返って喜んでいるだろう。何と言ったらよいのだ。それに、わし自身の体はどうしたのか)
頭が混乱する思いだった。
(事情がわかるまで、本当のことは言えんな。とりあえずは、記憶喪失のようにふるまって折りをみて話そう。もっとも両親の名を知らないのも事実だからな)
美香は両親にむかって、なんとか口をひらき
「…ど……なたですか」
その言葉に周囲は絶句した。両親は美香が記憶喪失になったと考えた
「そうね……あんな事故にあって、生きていたのは美香さんだけですから」
「事故…飛行機事故…そうですか」
まだ、あまりしゃべれず、ここで言葉をとめた。美香となった宮部は、やはり自分自身の体は死んだと理解した。しかし、なぜ自分がこの美香という娘になったのか……混乱する美香に両親は
「まあ、時間をかければ思い出すかもしれません、ここはゆっくり休んでください」
美香となった宮部修一郎は頷いた。ただ、そんな両親に
(この両親はどこかよそよそしいな、しかも娘が生き返ったというのに、あまり喜んでいないように見えるが……)
◇
その夜、体が動くようになった美香は、シャワー室で自分の体を少し眺めてみた。白く艶やかな肌にビーズのような水滴が弾け、しなやかな曲線の裸体に滴り落ちる。しかし、女性になったからか、長い年月生きてきたせいなのか、女性の体に特に興味は湧いてこない。
ただ、改めて鏡で自分の顔をみると
(なんと美しい娘さんじゃ……この娘さんは亡くなられたのだな。こんな老いぼれに、体を奪われるとは不憫なことだ。いっそ私が死ねばよかったのに)
美香になった宮部はやりきれない気持ちでパジャマを着て病室に戻ると、来客が待っていた。
病院の医者と軍服姿の二人連れで、老年の士官と一人は女性だった。美香はすぐにだれかわかった。
「加藤大佐に、シルビア少佐ではないか! 」
思わず叫ぶように言うと、二人も驚いた。無論、加藤大佐もシルビアも美香としては初対面だ。
「私達がわかるのですか」
加藤が言って医者に向くと、その医者は頷いた。シルビアも
「あのー、本当に宮部中将ですか」
「そうだ! わしだ、宮部だ!」
訴えるように言うと、加藤は感極まったように涙目で
「これは……亡くなられたと思って、あきらめておりましたのに………よかった」
横のシルビアも微笑んで
「こんな可愛いい少女になられたとは、あの威厳ある宮部中将とはとても思えません」
「そうだろうな、わし自身戸惑っている。ところで、一体どういうことなのだ、君たちは事情を知っているようだが」
シルビアは、少し目を伏せたあと
「あの事故のとき、宮部中将は瀕死の状態でしたが脳だけは生きていたのです。それで、宮部中将を助けるため、脳の移植を試みたのです」
それを聞いた美香は
「なんだと! わしを助けるため、この娘さんを犠牲にしたのか! 」
声を荒らげたが少女の声なので迫力はない。シルビアは
「勝手なことをして、お詫びします。でも、娘さんの脳はすでに死んでいました、それに脳の移植など成功例はありません、記憶の一部でも戻ればと、駄目を承知で試みたのです。無論、倫理的にも問題がありますが、完璧に意識が戻るなど奇跡です」
「だが、いかな理由があるにせよ、御遺体を汚すとは……御遺族の気持ちも考えなかったのか」
シルビアは、下を向き沈鬱な口調で
「おっしゃるとおりです。我々も焦っていて、早まったかもしれません。しかし、宮部中将…いえ、今となっては浅波美香のお力がどうしても必要なのです。それで、最後の望みとして極秘にこのようなことをしました。この脳移植のことが世間に知られては問題があります、両親にも伝えていませんので、本当の娘と思っておられます。しばらくは浅波美香としてお過ごしください」
シルビアは申し訳なさそうに話し、美香が納得いかない様子で黙っていると、加藤が
「ところで宮部中将…いや浅波美香さん、今の状況はご存知ですか」
「今の状況とは」
あからさまに機嫌の悪い美香に、加藤はすまなそうに
「宮部中将の事故以来、我が日本の太平洋艦隊はカーズの反撃で父島を放棄し、敵はすでに三宅島付近にまで迫っているのです」
美香はおどろいて
「それは本当か!」
「面目ありません。あの宮部中将の提唱されていた、太平洋総攻撃作戦どころではなくなっています。まことに申し訳ありません」
頭を下げる加藤に、美香はやるせない表情で
「いや、君達のせいではない」
少し疲れた表情の美香にシルビアは
「急にいろいろお伝えしても、今お目覚めでお疲れのようですから。しばらく静養され、早く戻ってきてください」
「そうだな、時間はないようだが、一連のことを、娘さんのご両親には、話していないのだな」
「はい、折を見て話そうと思いますが……記憶喪失にしていただいたのは助かります」
両親への対応は、加藤もシルビアも困った表情をする。美香も(なんてことを、してくれたんだ)といった表情で。
「こうなっては、後にひけないだろう。しばらくは、両親の様子をみながら、恩返しのつもりで、このまま美香として過ごそう」
「ありがとうございます」
話を聞いていた加藤は最後に
「しかし、そんな可愛い少女で、あの宮部中将の言葉を喋られるのは、違和感がありますな」
「慣れるまでしばらくかかりそうだよ……」
美香は疲れた表情で言うと、何か思い出したようにシルビアに向かって
「それよりシルビア少佐、ちょうどよかった……すまぬが……一つ教えてほしいことがあるのだ」
どこか恥ずかしげで歯切れの悪い美香にシルビアが
「なんでしょう。何か御不便でもありますか、なんでも言ってください」
「こ…これのつけ方を教えてくれ……」
すると、美香は可愛いブラを取り上げた。シルビアは焦って
「ああ…加藤大佐は外に!」
シルビアは加藤を部屋の外に追い出し、ベッドの周りのカーテンをしめた。
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