1 深海の死闘(戦場の女神)

 艦長のいない指令室。

 まるで、通夜のように静まり返っている。


 頭上には、無数のカーズの群れが覆いかぶさり、動けば一斉に襲ってくるだろう。とても海風一隻で反撃することはできない。

 加藤を始め、幹部で対策を協議しているが、有効な手段がない。


 シルビアが

「船員を脱出させることは、できないでしょうか」

「脱出艇で逃げても、小型の潜水艇では大量のカーズに襲われて、ひとたまりもない。まして反撃など……完全に四面楚歌だ」

 加藤大佐が深刻な表情で話す。


「こうしていても、いずれはカーズに見つかってしまいます……艦長なら、どうするでしょう」

 シルビアがつぶやくと、加藤は


「さきほどの艦長も、苦慮なされていた。しかし、いつも艦長に頼っていてはだめだ」

「そうです、ここは私達だけで何とかしなければ……」

 と、言うものの、全く打つ手がなく、自分達の力不足が情けなく、腹立たしい。

 なす術もなく、時間だけが無常に過ぎていく。

 

 そのころ美香は夢をみた。

 いつもの子守歌のようなメロディーが聞こえ、最後に黒い塊が沖に去っていく夢だ。そこで、眼がさめたが、意識はまだうつろだった

「こんなときにも…あの夢と子守歌が……」

 美香は、呆然と天井を見ながら


「子守唄………」


 もう一度つぶやいた。そのとき美香は気づいた。

「最初の戦闘中に私たちが周りに潜むカーズの大群に気付かなかったのは、カーズが泳ぐ音を出していないためだが、あの獰猛なカーズが意識的に泳がないはずはない。

ということは……カーズは眠らされていたんだ! そうだとしたら……」


 何かを思いついた美香は、ベッドを跳ね起きて、横の衛生兵に

「私は、何時間寝ていたの」

「四時間ほどでしょうか」

 美香は蒼白な表情になり


「四時間も、なんてこと! 」

 美香は飛び起きて、衛生兵の制止も聞かず指令室に向かった。


 指令室では、相変わらず打つ手のない加藤達が、対策を模索しているが、有効な策はない

「このまま座して死を待つくらいなら。たとえ、一匹でも道ずれにして討ち死にするしか」

 クルー達も覚悟を決めようとしていた。

 副艦長の加藤が艦全員にそのことを伝えようとしたとそのとき!

 

 突然司令室の扉が開き、美香が険しい表情で入ってくるやいなや

「シルビア! 開戦からの外部音響データは全てとってる」

 あの、澄んだ美香の声が司令室に響いた。


 全員、茫然と美香に注目している。美香は急いで艦長席に座ると、パネルを忙しそうに操作し始めた。

 静まり返った重く暗い雰囲気の中、止まった心臓が再び力強く脈打ちだすように、時間が動き出す


「どうしたのシルビア! 音響データは」

 美香の質問に、シルビアは、我に返ったように


「はっ…はい、ボイスレコーダと音響レコーダーで」

「その音の中に、何か違う音が紛れていないか確認して! 可聴域以外の音波もね。特に、カーズに囲まれる前後を。他のオペレーターも全員協力して解析してください、大至急よ! 」

 美香は指示を終えると、戦闘中のいつものするどい表情でモニター類を見つめている。


 その表情は絶望の闇に光をあてた女神のように神々しく、クルー全員の胸に希望がわいてきた。

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