2 反撃1   

 美香が戻って、艦橋は生き返った。


 音波を解析しているシルビアは手をとめると

「艦長、解析した音の波形データです」

 美香は転送された戦闘中の外部音の波形データを見ながら、あごに手をあてて考えたあと


「この十五時十分から、超低周波領域の波形が消え、逆にしばらくの間、超高周波の音が発生していない」

「そうですね、人間には聞こえない領域の周波数ですね」

「そのあとカーズが目覚めた。それと高周波音源は動いているようね」

 何かを確信した美香の目に光が戻ってくる。


「奴らめ……うまく私たちを罠にはめたようだけど、逆に弱点をさらけ出したようね」


 加藤をはじめクルーは美香の言葉に息をのみ、次の指示をまった

「シルビア、その音響データを至急解析し復元して。カーズが同時に目覚めるには、目覚まし時計がないとね。逆に多くのカーズを一度に眠らせるには子守唄が必要でしょう」

 シルビアは美香の意図に気付くと


「わかりました! 」

 周囲のクルーは直ぐに作業にとりかかった。シルビアと美香の作業を横で見ていた加藤は


「その音でカーズを眠らせるのですか。しかし二十体ものビッグカーズを眠らせただけでは、目覚まし時計の音が奴らを起こしにくるのでは」


「加藤大佐。ここがどこだと思うの」


 美香は微笑んでいた。しばらくしてシルビアが

「たぶん、このノイズが」

 艦長席の前のモニターに波形データが映し出される。


「間違いない一定の波形だわ、これが子守唄にちがいない。そのあと、この波形の直後にカーズが目覚めている。この波形が発生している位置がわかる」

 シルビアは


「それが……オベリスクとは反対の深海の方向からで移動しているようです。おそらく、気づかれないように、移動しながらカーズを眠らせ、起こしていたのでしょう」

 そのとき周囲に注意を払っていたクルーが


「艦長、後ろからカーズが! 」

「見つかったか。もう少し時間があれば、とにかく逃げます。全速前進! 後方の魚雷発射管より魚雷を発射! 近づいたものにはパルスキャノンで迎撃を」

 海風から数発の魚雷とパルスキャノンが発射され、カーズに命中したがカーズはひるまずに向かってくる。周囲の群れも一斉に海風にむかってきた。


「シルビア、音波のモデルはできた」

「はい、なんとか」

「わかりました、断層の上まで浮上して北西に進んでください、全速で! 」

 海風は深度千mの断層の上まで浮上する。


 次第にカーズの群れが近づいてくる。海風は追ってくるカーズに散発的に魚雷をうちこんでいるが、致命傷にはならない。

「艦長! まだ、子守唄をださないのですか」

「まだです。音波の発射のタイミングは私が指示します」美香はなにか策があるようだ。


「どうやら、私はみんなに謝らなければなりません。勝つべくして戦いを挑むなどと偉そうなこと言っておいて、今は一か八かの捨て身の勝負をしています」

 しかし、クルーたちは、この絶望的な状況を打破しようとする、十七歳の少女の力強い指示に全てを委ね、包み込まれるような安心感を抱いている。

 

 海風を追って二十体のビッグカーズをはじめとする大群が移動してくる。

 美香は海図を見ながら

「全速力で進んで! 」

 海風は断層の渓谷を抜けた後、海山の山頂にあるオベリスクと反対方向に水平深度で進むと、海底は急傾斜のため水深が急激に深くなる。


「このあたりの水深は」

「すでに6,000mです」

「そろそろしかけましょうか。それでは、子守唄を無人機と信管を抜いた小型魚雷に乗せてばらまいてください。これはカーズにとってのセーレンの声、そして死のララバイ(子守唄)」


 美香はモニターをにらみながら言う。海風から音響発信機をとりつけた多数のデコイの魚雷やドローンが放たれ音波を発信し始める。


 しばらくしてカーズは次々に活動を停止し6,000mの深海に沈み始めた。

「カーズが沈んでいきますぞ」

 加藤は感嘆しているが美香は慎重だ


「気を緩めないで、眠らないカーズが攻めてくるかもしれません。それにカーズはもともと深海生物です。今は浅い海を回遊しているだけなので、深海に落とし込んで確実に退治できるかわかりません」

「沈めて圧壊させるのではないのですか」


「そう簡単にはいかないでしょう。ただ、深海の低温で動かなくする程度はできると思いますが」

 美香はさらになにか考えがあるようだ。

 かなりのカーズが沈んだ頃、パッシブソナーのオペレーターが


「後方から何か近づいてきます」

 すると美香は顔をあげ

「よく調べて! 」

「小型のカーズですが、何か違います。……そこから、別のノイズが! 」

 美香は立ち上がると


「とうとう、出てきましたね、マーメイド。これを待っていた」

 不敵な笑みの美香に加藤大佐は

「マーメイド? 」


「いわば、我々の真の敵です。こいつを引きずり出したかった。カーズは、このマーメイドに操られている。今、このマーメイドは眠りそうなカーズを必死で起す声を出しているのです。こいつを殺れば」

 美香は射手に「狙えますか」ときく。

「やってみます」


 クルーは音を解析して急速にうごくマーメイドにパルスキャノンと魚雷を連射した。しかし、相手の動きは止まらない。

「かなり、動きが早いです」


「当たらなくてもいいです。とにかく連射してカーズが沈むまで、そいつの声をかきけすのです。ロストしないように」

 マーメイドはイルカのような高速のカーズにつかまって移動しているようだが、海風の攻撃をかわすのに精いっぱいだった。海風も必死で絶え間なく撃っている。


 マーメイドは懸命にカーズの周りを廻っているが、カーズは次々に深海に没していた。

「カーズの残数は」

「かなり深海に沈んでいきました。もう、ほとんどいません」

 シルビアが状況を報告すると。

 横の加藤は

「やったのか! 」

 興奮気味に答えるが、美香は慎重だ。


「油断してはなりません……マーメイドの動きに注意して」

「だいぶ動きは鈍っています。直撃はしてなくても近接で爆発しているので、かなりダメージはあると思います。人間なら確実に死んでいるが、まだ動いている……しぶとい」

 しばらくして、マーメイドが急に思わぬ動きをした。


「マーメイドが深海に沈んでいきます……死んだの。でも単に沈むにしては速度が速い」

「沈んだカーズを追っていったのか。でも、もう遅い……はず」

 美香はつぶやいた。すると、シルビアが叫ぶように


「深海からビッグカーズが一体、もどってきます! 」

 美香は、正面を睨むような表情で


「どうやら一体だけで勝負するつもりね、苦肉の策だわ。海風の火力をすべて集中して!」

 魚雷とパルスキャノンを斉射するが、さすがにビッグカーズの甲羅は固く、なかなか効果がない。カーズは弾幕を受けながらも、強引に海風に迫ってくる。


「奴は何をするつもりだ、特攻するつもりか」

 加藤は迫りくるビッグカーズを見ながらうなった。美香は、

「急速浮上! ビッグカーズを振り切ります。いよいよラスボス戦といったところね」


「冗談じゃありませんぞ。このままだとつかまる。ビッグカーズにつかまるとまずい、ミドルカーズとは比べ物になりません」

 心配する加藤に美香は微笑んで

「大丈夫よ、すでに一対一、負けることはありません」


「負けることはない……」 

 加藤はそのとき、美香が「勝つ」と言わなかったことに、何か引っかかるものを感じた。


 一方、美香は敵の攻撃に違和感を覚えていた。

 カーズは二十体で取り囲んだ時点で、すぐにでも、総攻撃すべきであった。海風一隻なら、ひとたまりもないはず。これまで知能的な戦術をしてきた割には、詰めが甘い。


「おかしい……海風を狙っているなら」

 美香は、相手の行動を読みあぐねていた。

 そのとき、浮上しながら追っているビッグカーズの触手の一部が海風を捕え、艦が大きく揺れる。

「つかまれます艦長」

「振りほどきなさい!」

 美香が言うが、なかなか離れない。シルビアが

「艦長、浮上しましょう」


「浮上……」美香は一瞬考えると「いいわね! 仰角三十度、メインタンク・ブロー、全速急速浮上! 艦内の乗員は何かにつかまるよう指示して」

 シルビアに同意した美香に、加藤は

「何をするのですか」


「イルカが、なぜジャンプするか知ってる。体に張り付いているコバンザメを落とすためともいわれてるのよ。それに浮上したら、洋上の鑑隊や沖田がいるかもしれない」

 シルビアはうなずいただけで、他になにかありそうな様子で何も言わなかった。


 カーズの触手による打撃が艦内に響くなか、海風は強引に浮上し海面が近づいてくる。

 海面が盛り上がると、巨大な海風の船体がクジラの浮上のようにせりあがり海風の艦内も一瞬中に浮いた感覚のあと、たたきつけるような振動が襲う。周囲に大きな水柱があがる。

 艦内の美香たちも机や椅子にしがみついて衝撃に耐えていた。

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