2 士官候補生 1
美香は学校に数日の休みをとり、海風に向かう飛行機の中で、宮部中将の頃から提唱していた「霧の雷鳴」作戦の概要書を読んでいた。
これまでオベリスクは個別に攻撃していたが、各個撃破しても、他のオベリスクのカーズが再び侵入して復活する。
そこで、日本近海のカーズが手薄になった今、環太平洋の国々が共同して、一度にオベリスクを同時攻撃する大作戦「霧の雷鳴」が発動された。
作戦を前に、海風は近海の掃海任務を行い、準備を進めている。
美香は作戦概要書を読み終えると、胸に手をあて
(いよいよだ美香さん、こうして憎きカーズに決定的な打撃を与える機会を得ることができた、感謝するよ。しかし、あの飛行機事故のとき、私が不用意に一般機に乗らなければ、普通の女子高生として学園生活を送っていたことだろう)そう思うと胸が痛む。
◇
そんな感慨にふける美香の後ろの席に、士官候補の若い将校たちが十人ほど同乗していた。将来は艦長クラスになるエリート達で、士官講習の一環で海風の視察に来たのだった。
美香は、艦長であることを知られないよう、階級章は外している。
「おい、前に座っている娘だれだ、結構可愛いな」
士官候補生たちは、前に座っている艶やかな長い黒髪の美香をしきりに気にしているが、洋上に海風が見えると、窓から食い入るように、その灰黒色の潜水空母を見つめた。
「海風だ! 大きいな。潜水艦とは思えない」
「この艦長もすごいらしいぞ、先般の戦闘では、あの近藤艦長と重松艦長を救ったらしいし、すでにビッグカーズを五体も撃破されている。宮部中将以来の逸材だ」
「そうらしいな、ただ、宮部中将のように暗殺の危険もあるので、艦長が誰かは極秘にされているらしい。実は俺、海風の艦長に会いたくて、倍率の高い、この士官候補講習の試験に応募したんだ」
「お前もか、俺も海風の艦長に一目会いたくて試験を受けたんだ。合格したときは、涙がでてきたよ」
士官候補生達が話しているのを美香は微笑んで聞いていた。
輸送機が海風に着艦すると、士官候補生達は海風の下士官に案内され艦内の視察に向かった。どれも、最新鋭の設備や武装に感嘆している。
「兵もよく訓練され、しっかりしている。艦長の指導のたまものだな」
しばらく艦内を巡った後、休憩で喫茶室に入った。すると、奥のテーブルに伏せて寝ている女性兵がいる。
「なんだあいつ。今は勤務中だろ、女性のようだが」
「さっき一緒に乗っていた娘だぞ」
「そうだな、今や全海兵があこがれる海風に乗船できるだけでも名誉なことなのに。あれでは艦長殿が嘆かれるぞ、私が注意する」
伏せっているのは美香だった。士官候補生の一人が美香の横に立つと
「きみ、今は勤務時間ではないのか! 」
美香は、朦朧と顔を上げると時計をみて
「あああ! もうこんな時間」
美香は、喫茶室のミルフィーユが好きで、よく来るようになっていた。しかし、ここまでの長旅で、うっかり眠っていたのだった。
そんな美香に若い士官の一人が、厳しい口調で
「なんたることだ。君は栄誉ある海風に乗船している自覚がないのか! 」
美香は急にどなられ、小さくなっている。そのあと、立たされて、さんざんしぼられ
「わかったら、行け」
美香は、さすがに言い返せず
「ごもっともです。すみません」
ひら謝りで、肩を落として部屋を出て行った。
「おい、あんな新兵の若い娘にそこまで言うことはないじゃないか。しょんぼりしてたぞ」
「甘やかしてはいかん。だが、今度会ったときは、何か奢って慰めてやろう、ミルフィーユのケーキが好きそうだしな」
「おい、それが目的ではないだろうな。可愛い娘だったしな」
士官候補生達は、笑いながら話して控室に戻っていった。
◇
数時間後、海風は潜航して海中を航行している。
士官候補生達は指令室に集合し、指揮系統の設備と様子を視察していた。特に操作パネルやモニターがずらりと並ぶ艦長席には目を見張る
「これが海風の艦長席か。すごいな、ここで海風の全システムを最優先でコントロールできるらしいぞ、まさに海風の艦長は世界最強だ。いつかこの席に座りたいものだ」
「それに、艦長にも会いたいな。俺たちのレベルではそう簡単に会えないだろうが」そう言うと士官候補生の一人が案内の下士官に
「艦長は普段、ここには居ないのですか」
「そうですね、今回は単純な偵察任務ですから。艦長は想定外の戦闘でもないと、こられないですよ」
がっかりした士官候補生達はむなしく、空席の艦長席を見つめるしかなかった。
そのとき、突然警報が鳴り響いた。
案内している下士官は急に緊張し
「これは第一級警報! 」叫ぶように言うと、士官候補生に振り向い「皆さん運がいいですね。これで艦長に会える……というか、敵と遭遇するのは運が悪いのかも。全員、下の補助シートに座ってください」
指令室内はあわただしくなり、士官候補生は指示された補助席に座ったが、艦長がくるので落ち着かない。
しばらくして艦長席後方のドアがあくと、士官候補生は息をのんだ。
入ってきたのは加藤大佐と後ろにシルビアと美香が続いている。周囲のクルーが敬礼すると、士官候補生達も思わず緊張して直立不動で敬礼した。
「おい、あれが艦長殿だ、さすがに威厳がある。それに、後ろにいるのはシルビア少佐ではないか」
軍の雑誌に何度も紹介されている聡明でモデルのようなシルビアに、士官候補生は見とれている。
シルビアはそのまま艦長席の下の自分のブースに座り、横の士官候補生達と目があって微笑むと、候補生達は固まっている。
「おい、なんかすごいな。感激で震えがとまらないよ」
「俺もだ……でも、あの後ろの娘はサボっていた娘じゃないか。こんなところで、なにしてるんだ」
士官候補生は加藤が艦長と思っているが、次の事態に眼を見張った。
艦長席に座ったのは娘の方で、全員唖然としている。美香は慣れた手つきで艦長席の計器盤を操作し、加藤大佐はいつものように平然と美香の横に立って、タブレット端末で状況を確認している。
続いて、美香の声がひびく
「シルビア少佐。敵の位置は」
「はい、右前方にカーズの群れです! 」
「数と規模は」
「ミドルカーズが二、小型が二十です」
喫茶室とは。まるで違う美香に、見学の士官候補生達は声がでない
(冗談だろ……)
すると、美香は士官候補生に気付いたようで、少し口元を緩ませて会釈した。
「どうする………おれ怒鳴っちまったよ」
「そんなことより、敵は多いぞ。こちらは一隻だし、かなり危ないぞ」
「この規模の相手には洋上艦の支援を含めて少なくとも十隻以上の戦力は必要だ。一隻ではとても勝ち目はない……どうするんだ、生きて帰れるのか」
候補生達は、美香が艦長というのも気になるが、それより今の危機的な状況に不安の色を隠せず青ざめていた。
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