2 士官候補生 2

 ここからは、美香と加藤の範疇になる。


「どうします」

 加藤が美香に聞くと。美香は片肘をついてモニターを見つめながら


「敵はまだ気づいていないようね。相手の数が多いから最初の一撃で、雑魚を七割ほど殲滅するのが理想ね」


「パルスキャノンを使いますか」

「いえ、まずはアウトレンジから魚雷を使いましょう。軌道設定した魚雷で敵の側方と背後を狙って、漏れてきたやつをパルスキャノンで撃ちます」


「了解しました」

 加藤大佐が返事をすると美香は


「シルビア少佐、魚雷を発射した瞬間からの相手の動きだけでなく、魚雷の軌道を含め周囲の状況データを詳細にとっておいて」

「わかりました」

 指令室はあわただしい。


「艦長! 魚雷準備できました」

「パルスキャノンOKです」

 美香に次々と報告がいく。準備を確認した美香は


「これより海風はカーズとの戦闘モードAに移行、沖田隊は潜水戦闘の発艦体制で待機」


 そう告げると、シルビアが美香の指示を全艦内に放送し、美香は続けて攻撃指示をだす

「一~十番、魚雷発射! 」


「魚雷発射! 」

 オペレーターの復唱とともに、発射の振動が伝わる。


「十秒 九秒……」

 着弾までのカウントダウンの声が響く


「二秒…一秒…」

 ズズンと鈍い振動が感じられる。さらに数回魚雷が連射される。


「敵の残数は!」

 美香の問いかけにシルビアが

「ミドル級が二体、小型が五体です。いずれも、こちらに向かってきます」


「雑魚は、ほぼ壊滅ですがミドル級が二体とも残りましたか。やはり魚雷だけではだめか。やっかいですね」


 と言うものの美香は余裕の表情で口元にわずかに笑みをたたえ、カーズの戦闘を楽しんでいるようにさえ見える。


 喫茶室で伏せっていた美香とはまるで違い、これだけのカーズを相手に落ち着き、泰然として指示を出している。

 士官候補生達は言葉がなく、呆然と見つめるだけだった。


 加藤がタブレット端末を見ながら

「どうも試算より早い速度だったようです。こちらは海流に逆走していますから」

「そうね……」


 美香はうなずくと、少し逡巡したあと

「シルビア少佐、海流の方向と速度を教えて」

「北西へ20ノットです」

 美香はすぐに自分の前にあるキーボードを叩くと。


「このデータで誘導魚雷を二発発射して」

「わかりました」

 言われるまま、シルビアは美香から転送されたデータを魚雷に入力して発射した。


 しかし、魚雷は海流のためか大きく逸れてしまい、最後は音響レーダーの圏外に消えた。

 美香はレーダーに映る魚雷の軌跡を見届けると、何か納得したように頷いたあと


「カーズが至近まできています! パルスキャノンで応戦します、海風の全砲、魚雷を撃ちまくりなさい! 」

 美香が叫ぶように言う。



 下の席の士官候補生は、先に美香の放った魚雷の追跡軌道を見て

「あの魚雷はなんだ、たった二発程度ではカーズには効かないぞ。海流の状況を探ったのだろうか、完全にロストしたぞ」


「それよりカーズが近づいてくる、スモールはなんとかなるだろうが、ミドルカーズもいる。とりつかれたら終わりだ。まずいぞ」

 士官候補生はおびえているが、美香は落ち着いて攻撃の状況を注視している。


 さらに、クルーが状況をよむ

「小型カーズの残数、5…4…3…2…1…全滅です」


「雑魚は全滅ね。ミドルカーズは 」

「二匹とも顕在でこちらに向かってきます。距離二千! 」

「二匹とも残っているのか! それに早すぎる。艦長! 二匹はとても無理です」

 青ざめて言う加藤に、美香は


「一匹ならなんとかなるでしょ。全砲、右のカーズに集中攻撃をして必ずしとめなさい。だめなら私達は海の藻屑よ」


「でも、もう一匹は」

「説明する暇はありません。これは命令です」

「りょ…了解しました」


 あせっている加藤に対し、美香は落ち着いて指示をする

「距離 五百」

 海風から魚雷とパルスキャノンが右のカーズに集中砲火される。


「距離四百……一匹が沈黙……でももう一匹が健在です! カーズが回避運動をしているのと近すぎて、パルスキャノンでは動きを追えません」


「艦長! どうします、かわさないと取りつかれます、すぐに回頭を」

 すると美香は、意外にも


「そのまま、全速前進! 」

 加藤をはじめ士官候補生も驚いた。


 かわすどころか向かっていくのだ。クルーは、おびえた表情で海風の速度をあげる。

「カーズに向かっていくのですか! 捕まると、終わりです」


「この状態でかわせると思いますか。海流を下手に位置した時から、逃げられませんよ」

 美香は平然と言う。しかし、この危機的な状況にも関わらず沈着冷静だ


「来ます! カーズがとりついてきます」

 カーズは触手を伸ばして海風を捕まえた。

しかし、海風は海流に逆走しているので相対速度はかなり早く、強い海流の水圧にカーズもなんとか海風にくらいついている状況だった。


 海風は艦船の外壁に高圧電流でショックを与えるが、触手の一部を焦がすだけであまり効果がない。絡まった触手の打撃と圧力で、船が大きく揺れて軋む。


「もうだめだ、触手が絡まってきている! 」

 士官候補生が、思わず美香を見ると、美香は頬杖をついてモニターを真剣に睨んでいる。


 その表情に焦りはなく、まるで戦いの女神のように神々しくさえ思える。そんな美香の態度を見ている士官候補生は怯えも薄らぐようで、もはや魅入っている。


 そのとき、レーダー画面の端に海風の後方から、さきほど美香の発射した魚雷の影が映し出された。それを見た美香は


「左舷に十度コース変更。魚雷は本艦に向かっています。わずかにかわします」

 海風は避けようとするが、カーズも触手を伸ばし離れない。


 そこに、二発の魚雷がカーズに命中したがカーズは健在だ

「だめではないか」


 皆が思ったとき、カーズの触手が徐々に離れて行く。

 致命傷にはならないが、魚雷の爆破だけでなくスパーク電磁波を放つ魚雷で、カーズはショックで海風を掴むことができず、さらに強い海流でカーズは海風から引き剥がされるように後方に流されていった。


 すぐに美香はクルー達に

「カーズとの距離を読んで! 」


「二百……三百……」

 海流に流されたカーズは離れていく。


 ある程度距離を空けたあと美香は

「百八十度、急速回頭! カーズとの距離をパルスキャノンのインゲージ内に確保し、次いで一点集中で全砲門斉射! 」

 流れるように指示を出す。


 海風は急速旋回し海流に流されるカーズを追う形で、パルスキャノンの射程内に一定距離を確保しながら集中砲火する。

 一方、カーズは流されているので距離を縮められず、海風の放火をもろにあびていく。何度も、命中弾の振動が伝わったあと。


「ミドル型…沈黙! 」

 クルーの上ずった声が響く。士官候補生は震える表情で美香を見上げている


「やったぞ……」

「一隻でこれだけのカーズを倒した」

 士官候補生達は胸をなでおろすと共に、美香の裁配に驚嘆している。


 美香もほっとしていると、加藤が

「お見事です」

「いえ、皆さんのおかげです。ご苦労さまでした。あとは頼みます」


「了解しました」

 加藤がしゃきっと敬礼すると、美香は立ち上がり、いつものように黒髪をふわりと浮かせて颯爽と去っていく。


 そんな、美香に周囲のクルーも敬礼する。

 士官候補生達も思わず直立して敬礼した。

 美香は士官候補生達に気付くと、唇に笑みを浮かべ、白く細い手を額の横にあて小さく敬礼した。


 士官候補生達は、電気ショックを受けたように固まっている。

 そんな若い士官候補生達を見た加藤は、シルビアに


「おい、まずいものを見せてしまったな。何人か浅波艦長に惚れたみたいだぞ」

「何人かですって……多分全員ですよ」

 シルビアは笑っていた。


 美香は艦長室に戻ると、冷や汗をかいていた。

「まただ……」


 近頃カーズを倒した後に、なぜかひどい脱力感に襲われる。


 検査では体に異常はなく、女性の体に慣れていない精神的なものではないか、ということだが、カーズとの戦いの後にだけ沈鬱な気分になる。


 宮部だったころは憎きカーズを倒したあとは、爽快な達成感があったが。今はなぜか胸を詰まらせるような不快感となり、あの夢で見るカーズの黒い塊が思い出される。


 そのあと知らずにいつものメロディーをハミングしていると、楽になってくる。

「……この唄はなんなのだ、子守唄のような……以前の美香さんに関係しているのか……」


 次第に睡魔に襲われ、美香はしばらくその場で眠っていた。


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