3 美香とセーラ1

 数日後、学校に戻った美香は、にぎやかな学生食堂で、セーラといつもの三人娘たちと食事をしていた。セーラは相変わらず美香の後をついている。そんなセーラに友人は


「美香は地震のときの命の恩人だしね」

「大袈裟よ、ちょっとかばっただけだし」

 友達のひやかしに、美香も照れながら答えるが、セーラは嬉しそうにしている。すると、向かいに座っている友人の一人が


「ねえ、美香とセーラ、ちょっと両手でオデコの髪を上げてみて」

 美香は女生徒のたわいもない、じゃれあいかと思い正直うんざりするが、これも大事なコミュニケーションと考え、いやなそぶりは見せず両手で額の髪をあげた


「こう……」

 セーラも同じく髪をあげると、額が出て二人の顔の輪郭がはっきりする。それを見ていた友人たちは。


「ねえ、そうでしょ」

 友人たちは(うん、うん)と頷きあっている。美香はなんのことかと思い、

「どうしたの」

 すると友人は


「そっくりなのよね、あなたたち二人。セーラはくせ毛で美香はストレートで一見するとわからないけど、よく見ると美香とセーラはまるで双子だよ」

「そうそう、私も思ってた」


「そうかなー。まあ、世の中には似ている人って結構いるしね」

 美香はおでこを出したままセーラを見つめると、セーラは笑っている。

「ねえ、今日もセーラは美香に勉強教えてもらうの」


 すると、セーラは、(うんうん)と何度も頷いた。美香は、しかたないといった感じで、放課後になると図書室でセーラに勉強を教えている。

『ミカは、ベンキョウモ、ガクネン、一バン』

 セーラが手話で伝えると


「そんなことないよ。たまたまよ」

 美香は謙遜しているが、宮部は学生の頃、特待生で留学をして博士号も取得していた。そんな宮部であった美香にとって、高校の授業は簡単すぎるものだった。周りの女子は


「すごいでしょ。大財閥のご令嬢で、スポーツも優秀、それに美人だし。ちょっと出来すぎよね。でも、ここまで完璧だと、もう宇宙人だよ、妬む気もしないわ」

「確かにね、でもドジっ娘のところもあるんだよ。スカートなのに電車で足を広げて座るし、レストランで出されたお手拭きで顔を拭くし、この前なんか、男子トイレに入ろうとするんだよ。ご令嬢とは思えないよね」


「ちょと! やめてよ」

 美香は赤くなって言うと。セーラも笑顔で美香を見つめている。



 放課後、いつものようにセーラと二人で家に帰ると

『ミカは、グンカンにノッテるの』

 セーラは手話で美香に聞いてきた。


「ええ、どうして知ってるの」

 意外な質問だと、驚いた様子の美香に、セーラは少し慌てたように

『トモダチに、キキマシタ』


 自分が軍で働いていることを友人には言っていない。少し解せないが、両親か先生から漏れたのだろう。いずれにしてもアルバイトということなので、セーラに知られても差し障りないと思い、特に気にせず、笑顔でうなずいた。


『コワク、ナイデスカ』

「心配してくれているの、大丈夫よ。アルバイトだから」

 不安な表情のセーラに、再び笑顔を向け、そのまま木立の中を歩いた。セーラは何か言いたそうだが、俯いて黙っている。


 美香も(年頃の娘は何を考えてるかわからんな)と思い、それ以上聞かなかった。会話も進まないので、夢で聞こえる子守歌のフレーズを、いつもの癖で自然とハミングし始めた。それを聞いたセーラは驚くように顔をあげて、


『そのウタ、ドコでキイタノ』

 必至で手話をするセーラに、美香も少し驚いて

「それが、わからないの。時々頭のなかに浮かんでくるのだけど」

 すると、セーラはうれしそうに微笑んだ。


「どうしたのセーラ。このメロディー知ってるの」

『ワタシ、ミカと、ムカシにアッテいる。ソノトキ、ウタッテいた』


 当然、今の美香に記憶はない。美香が申訳なさそうにうつむくと

『シッテマス、ミカにキオクガナイコト。キニシナイデ』

 セーラは微笑んで、手を動かしている。一方、ミカはすまなそうに頭をさげたが、なぜか美香もセーラに会ったことがあるような気がして、さらに、あの幼い頃の夢のビジョンに重なって行く。美香はその夢のわだかまりの原因が、そこにあるような気がして


「ねえ、会ったときのこと教えてくれる」

 美香が聞くと、セーラはすまなそうに

『……イマのミカには、イエナイ』


 言い渋るセーラに「どうしてなの」と美香はさらに聞いたが、困った表情のセーラを見て(やっぱり、今の娘は何を考えてるかわからん)と思い


「いろいろ事情があるのでしょうね。言えるようになったら教えてね」

 セーラは寂し気な表情で『ごめんなさい』と答えると、美香は微笑んでそれ以上聞かなかった。

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