6 美香の実力(小笠原沖、カーズ迎撃戦)8
美香が呼ばれたのは、広く海上を見渡せる後部のデッキで、沖田と美香は海風の航跡を見ながら。
「艦長…いったいあんた何者だ。まさか、3E(サード・エボリューション)と言われる第三進化形ではないだろうな」
「沖田大慰、これでも私は上官で艦長ですよ、もっと丁寧な言葉遣いしたら。それと、3Eとは、突拍子もない」
「す…すみません。しかしなぜ、その若さでガネット零式を操縦できるのです。あれを、使いこなせた宮部中将でも十年はかかったという」
「そうね私、宮部中将の生まれ変わりみたいなものですから」
とぼけるように言う美香に、沖田は苦笑いしながら
「まあ、そういうことにしときましょう、なにやら秘密をお持ちのようですので。これでもレディーの過去を根掘り葉掘り聞くような無粋なまねをする気はありませんから」
美香は微笑んで
「ありがとう。ところで、どうして3Eと思うの」
「私は戦闘中に何度か人魚を見ました、海の中に人がいるのです。私は、その人魚がカーズを操っているような気がしてならない」
「以前、あなたの映像にも映っていましたね、それは私も考えています。でも、どうして私が3Eと繋がるの」
「一度かなり近くで見たことがあるのですが、どこか艦長に似ているような気がして……それこそマーメイドラインのシルエットに、言われぬ美しさ」どこか夢見るように言うと「あっ…これは人魚のことで。すみません。忘れてください」
がらになく照れる沖田に(こいつも、まだ可愛いところがあるな)と美香は思いながら。
「残念ながら私は人魚ではありません。どちらかと言えば、人魚は私の憎むべき仇です」
最後は強い口調で言いきると、沖田の耳元に顔を近づけ。
「私の経験からですが。戦闘中、あの人魚に近づいてはなりません。何か人を惑わす声を発しているように思います。以前、私もめまいのような感覚を覚えたことがあるのです」
顔を近づけて話された沖田は、真っ赤になって
「わっ…わかりました! 」
慌てて立ち去っていった。
(シルビアの言ったとおりだ。堅物のようで、まだまだお子様だな)
美香は微笑むと、黒髪を風になびかせ、再び水平線にのびる海風の白い航跡を見つめた。
そんな美香の姿を海の波間から見つめる影があった。
その影は美香を懐かしそうに見つめ、時折波間に顔をだしなから、海風を追っていった。
◇
その夜、美香は加藤を呼んだ。
「艦長いいですかな」
「ああ、ちょうど雑務が終ったとこだ。まあ、そこにすわれ」
美香に促されて、加藤がソファーに座ると。
「しかし、見た目は少女なのに可愛い声での男言葉は、やはり違和感がありますな」
「かんべんしてくれ、皆の前ではこれでも気をつかっているのだ。お前の前だけは地をださせてくれ」
「そう言っていただけると、うれしいです」
微笑む加藤を横目に、美香は棚から酒をとりだした。
「副官は焼酎派だったな」
「でも、艦長は……」
「心配するな、わしは飲まん。と言うか、今はとても酒の味になじめんのだ、それにまだ十七歳だしな」
「ほー、あの酒豪の宮部中将らしからぬ」
美香は、座ると加藤に酒を注いだ。すると、目の前の美香の素足がまぶしい
「おい、どこに眼をやっている」
「あ! いや」
うつむく加藤に、美香は
「ソファーに座るときは注意しろと、シルビアによく言われるよ。特にミニスカートのときはな」
美香が笑っていると。柄になく照れる加藤は話題を変え。
「艦長。それより先般の戦い、数十年ぶりに感動しました」
「ああ、若いというのはいい。あの腕に達するのに二十年かかった。その後、艦船の方に移り、艦長を合わせ約五十年の戦歴を十七歳の時点でマスターしていることになる。二、三十歳の若造にはかなうまい」
「若造ですか…今の艦長が言うと、やはり違和感がありますな。しかし、沖田隊のガキ徒も驚いてましたよ。それに、今の艦長はお若い。艦長はもともと戦闘機乗りでしたからな」
「ああ、パイロットを引退した頃はあれだけの戦闘を行ったらへとへとだった。それがさほど疲れないのだ。しかし、出きれば男の方がよかったがな」
「それは、望みすぎですよ。しかも、そんな若い女性の体で」
「隣の芝は青いだよ、これで結構苦労してるのだぞ。ピンク色の女性トイレに入るのは今だ躊躇する」
美香は再び加藤に酒を注いだ。加藤は美香を見つめ
「艦長、お呼びになった本題は何ですか」
「沖田が私のことを3Eではないかと、ぬかしおった」
「ほほーう。まあ、艦長の技量は十七歳の少女とは思えないでしょう」
美香は少し言い淀みながら
「そうだろうな。実はまだ、こうして美香さんの体を奪ったことに、わだかまりが抜けない。時々罪悪感に苛まれる」
「それは、我々にも責任があります。宮部中将が亡くなられた直後のアムドは本当に惨憺たるものでした。そこで、私とシルビアを始め、ごく数人で行ったことです」
「ゾンビのように、死の世界から引きずり戻されたわけか」
加藤は少し考え
「あえて、否定しません。こういう言い方はなんですが、死んだ者にとっては、人類が滅びようと関係ないでしょう。しかし、生きている者はなんとしても、あらゆる手段を使って死を免れ、子孫を残そうとする。それが生物のような気がします」
「倫理を犯してもか」
「なんとも言えません、でも生き抜くためには、ようしゃなく共食いをする生物がほとんどです。知能のある人間は、まだましな生物ではないでしょうか」
「そうとも言えないと思うが……いずれにせよ、今更の話だな。まあ、飲め」
しばらくして、少し酔が回った加藤を見て
「なあ、加藤……」
美香は、ここからが本題と言った、何か企んでいるような瞳で加藤に話しかける
「どうしたのです、艦長」
「そのー…すまぬが。お前の持ってる……あれを貸してくれないか」
「あれ、とは」
「ス……ステテコ……だ」
「はあ! ステテコ! 」
美香は真っ赤になって。
「その、なんだー、女性用のパンツは、ピッタリしすぎて、食い込んだりして気持ちわるいのだ」
加藤は、急ににやけた笑顔で
「わかりましたぞ! 」
すぐに自室にもどり、自分のステテコを持ってくると、美香は満面の笑顔で
「おー! これこれ! 少し借りるぞ」
「どうぞ、どうぞ、それと私の履いてるものでよければ、ブリーフとランニングシャツも持ってきましたぞ」
美香はさらに目を輝かせ
「さすが加藤! 気が利くな」
「私のでよければ、いつでも言ってください」
「すまん、ひさしぶりに、男物が着たくてな。とても自分で買いに行けないし、家では使用人の目があるし」
そう言って美香が奥の部屋で着替えると、ランニングシャツにステテコの、おっさん姿で美香がもどってきた。
ステテコの下から、細く白い足、ランニングシャツの細い肩ひもの間から、白くたわわな胸の輪郭が見え、加藤は息をのんだ。美香はそんな加藤を全く気にせず、満足そうに
「この開放感! 」
普段の、可憐でお清楚な嬢様の美香からは想像できない、おっさん姿のミスマッチが、かえって色っぽく、加藤はデレデレだ
そこに………!
「艦長! 何してるのです! 」
美香と加藤は息をのんで振り返ると、シルビアがワナワナと震えて立っている。美香は真っ青になって
「シ……シルビア少佐! ど…どうして」
「何度もノックしましたが、返事がないので。先に加藤大佐が入っていくのを見たので、入らさせていただきましたら、なんという。うら若い女子高生が、ランニングシャツにステテコとは………しかも、ノーブラじゃないですか!」
シルビア呆れていると、さらに机の酒瓶を見て
「まさか、お酒まで」
美香は、手を振りながら
「いえ、私は飲んでいません」
追い詰められ、丁寧な言葉になる美香だが、それがさらに今の格好とミスマッチだった。
「当たり前です! そんな格好をしたいために、加藤大佐にお酒を進めていたのですね。女子高生のすることですか! 」
「えっと、これは……たまには……その……」
しどろもどろなステテコ姿の美香と加藤は、その後シルビアにさんざん説教された。
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