5 美香の初陣(小笠原沖、カーズ迎撃戦)3

 太平洋沖に出ると、うねりが大きくなり艦首に白波をたてて進んでいるが、巨大な海風に揺れは感じられない。

 順調に航海を続け、翌日には田口提督の艦隊にも合流し、艦隊は二列の陣形を組んで進んでいた。


 田口の艦隊は空母「信濃」を旗艦とし、軽空母数隻と、ミサイル巡洋艦を従えた航空機を主力とした編成で、潜水艦としては唯一、美香の潜水空母「海風」が最後尾に信濃とともに随行している。


 これに対し、近藤大佐の潜水艦隊と、重松大佐の洋上艦隊は、それぞれ迎え討つ地点に先行していた。つまり、戦力を二分どころか実質は三分割していることになる。


 艦隊の最後尾を進む美香に、旗艦「信濃」の田口提督から連絡がきた。

『どうかな、新任艦長どの』

「はい、何も問題ありません。全て順調です」

 美香が返事をすると。


『それはよろしい。ところで今夜、行程会議をするので、君も信濃にくるように』

 美香は一瞬言葉に詰まったが、拒否もできないので

「……わかりました」

 しぶしぶ答えると、それを聞いたシルビアは、


「また、田口提督、浅波艦長を誘っているのですか。もう三日連続じゃないですか、行かなくていいですよ。行程なんて決まっているし、ここで打ち合わせることもないでしょう」

「提督の要請です。そうも、いかないでしょう」

 美香は、しかたなさそうにうつむいている。そんな美香に加藤は心配そうに。


「艦長、どうしたのです。あの田口提督となにかありましたかな」

 すると、美香は辟易とした口調で


「つまらん会議の終わった後の懇親会だ。私は十七歳だぞ、酒の席に呼ぶことはないだろ。しかも、田口の隣に座らされ酒を注いで、まるでホステスだ。援助交際に来たわけではない! 」

 思わず男言葉になる美香に周りのクルーが笑っている。

 それを察した美香は真っ赤になっていとると、シルビアが


「艦長は可愛いですから気を付けてくださいよ。あの田口提督は、女性にしつこいですから、いろいろ噂があります。以前私も困りました」

 同意するように言うと。加藤大佐は笑いながら


「確かに、シルビアも艦長も美人ですからな。そんな二人に囲まれて私は幸せもんだ」

「笑いごとではないですよ。ああ、どうしよう」


 美香が、うんざりしたようにうなだれていると。

 シルビアが、おもむろに


「艦長、大変です! 左舷のトリムタンクに異常が発生しています」

 美香はシルビアの言葉を聞いて少し考えたあと、顔を上げ


「それは大変! すぐに修理しましょう。しばらく艦隊から離れることになりすね。加藤大佐 田口提督に打診してください、後から追いかけますと」

 困った表情の美香だが口元は微笑んでいる。察した加藤は

「了解しました!」

 敬礼すると田口提督に通信を始めた。


 周りの女性クルーは

「どこも故障してないわよ、わざとらしいね。さっき問題なし、と言ったのにね」

「でも美香艦長、嫌がっているみたいだし。言うとおりにしましょ」


 一方、旗艦の信濃の艦橋では、田口提督が加藤からの通信をうけていた。


「海風の加藤大佐から打診です。どうも、以前カーズから攻撃を受けたトリムタンクが、故障して艦隊から遅れるので、後で単独で艦隊に合流するそうです」


 田口は、少し訝ったが。

「まあ、やむを得ないだろう。海風は難しい船だ、私でも持て余したほどだ。あの小娘では、とても扱えないだろう。せっかく、後方支援に配置してやったのに、さっそく戦線離脱とは」 

 そのあと、田口は艦橋の窓から太平洋の大海原を見つめ


(あの娘は、かの浅波財閥の跡取り娘だ、あの娘を嫁にでもすれば、だれも私に逆らうものはいなくなるだろう。浅波家にしてもこれほどの縁談はないはずだ。それに十七歳にしてはいい体をしている)

 そう思いながら、不敵な笑いを見せている。

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