6 美香の実力(小笠原沖、カーズ迎撃戦)4
三日後
硫黄島沖に先行している近藤の潜水艦隊がカーズの大群と遭遇した。
群れの後には全長千mのビッグカーズ一体が控えている。潜航して戦っている近藤艦長は
「とにかく大群相手だ、一撃離脱する。なんとかビッグカーズにダメージを与えて、あとは背後の艦隊にゆだねる」
ビッグカーズは全長五百から千メートルに及ぶ巨大な甲羅から発する地震波で活断層に影響を与えて直下型地震を誘発させ、沿岸の津波だけでなく、内陸にも大きな被害が及ぶ。そこで、なんとしてもビッグカーズの進行を阻止する必要があった。
近藤は七隻の潜水艦を正面に集中し、中央突破を試みて、背後にうごめくビッグカーズに迫ろうとしていた。
「全艦、まずはアウトレンジから正面の敵に魚雷を放て! 」
近藤の命令で七隻の潜水艦から多数の魚雷が発射された。しかし、離れた距離なので散発的にしか命中音が聞こえない。
「目くら撃ちだが、あれだけの群れだ、近接爆破型にしておけば、少なくとも半数以上に致命傷を与えるはず。続けて発射しろ」
そのとき、カーズの動きを確認しているオペレーターが思わぬ報告をする
「艦長! 相手は中央を開けて両翼に散開しています。正面から我々の魚雷をかわし、そのまま我々を囲んでいます……これは! 左、二番艦に破壊音! 」
近藤艦長は青ざめた
「まさか! 今までのカーズは猪突猛進しかできなかった。奴らめ、魚雷をかわすため散開し、さらに動きの速いカーズがデコイ(囮)となってホーミング魚雷をひきつけている」
近藤は続けて思案した
「こんな戦法をとれるのか……これでは囲まれて退路もない。とにかく、艦隊が分散しないように集中して手薄なところを突破する」
さらに、洋上には浮遊カーズもいる。傷を負った潜水艦はうかつに浮上することができない。洋上に艦隊がいれば周囲を掃海することができるが、洋上艦隊の重松は遥か後方にいる。容赦なく、カーズは近藤の潜水艦隊を包囲して攻撃してきた。
「四番艦、六番艦にカーズが取りついた模様! ……五番艦からも救援要請です!」
近藤はなすすべがなかった。さらに絶望的な報告がされる
「四番艦と六番艦が圧潰! 」
近藤は苦悶の表情で目をとじ
「脱出した者はいるのか
「……脱出ポッドの救難信号が」
「カーズの真っ只中だ。すぐに、救出しろ……しかし救出しても、先はないが……」
最後は独り言のようにつぶやいた。
その間も潜水艦から魚雷を放っているが、散開するカーズに命中精度が、かなり落ちている。
「すでに五番艦の艦長から最後の通信『総員退艦を命ず。一人でも多くの救出を願う』……です」
助けにも行けない近藤はこぶしを握りしめた。そのとき、大きく艦が揺れた。
「我艦にもカーズが取りついてます」
「電磁ショックを放て! 」
取りつくカーズに、最後の手段として艦船の外に張られた高圧線でカーズを麻痺させるが、次々にとりつくカーズに高圧線が切られ次第に効き目がなくなってくる。
「左、隔壁に浸水! もう……だめです。圧潰します」
オペレーターは涙声だ。
このあと船員に襲い掛かるのは、窒息か、爆破により体が引き裂かれるのか、いずれも激痛を伴う死への恐怖に震えあがっている。
「脱出しても、周りはカーズだらけだ。救援がなければ、助かるものはいないだろう……せめて、ビッグカーズに一矢報いたいが……こうなっては打つ手がない。皆に、あとの時間は好きにするよう伝えろ、遺書を書く時間くらいあるだろう……それと全員モルヒネを打つように」
これは、死刑宣告と同じだ、死ぬ恐怖と苦痛を少しでも抑える最後通告だ。全員、真っ青な表情で恐怖と絶望に震えている。
近藤は悔しさをにじませ、胸のポケットにしまった手帳に挟んだ、子供と写した家族の写真を見つめ「すまない……もう、お前達のもとに帰ることはできない」苦悶の表情でつぶやいた。
次第に艦内全体に容赦ないカーズの不気味な破壊音が大きくなる。
その時 ソナーを担当しているオペレーターが微かな異音を捉えた
「なんだろう……艦長、何か聞こえます……」
近藤は、うつむいたまま
「新手のカーズか……」
「……こ…これは…間違いない」
オペレーターは音源を何度も確認している。近藤は極限状況でもあるため苛立って
「なんなのだ! 」
語気が荒くなる。するとオペレーターは叫ぶように
「左舷後方より……魚雷音 複数! 」
思わぬ報告に近藤は驚いて
「外から魚雷だと! 」
続いて、魚雷の炸裂音がする、
「つづけて魚雷の発射音が聞こえます」
その後もカーズが撃破される。近藤は
「いったいだれだ! 機関音で識別できるか」
「この音は……大型の潜水艦……」
クルーは近藤に振り向いて、叫ぶように
「海風です! 」
近藤はまさかと思った。
海風は、はるか後方の田口提督のさらに最後尾にいるはずである。それが、なぜここにいる。その時、指向性の音響変換通信で加藤に通信が入った。多少雑音が入るが、近くになると音波を信号にして通信ができる
『こちら海風艦長、浅波美香です。艦隊の西南西方向に退路を確保したので、そこより離脱してください。すでに脱出した者は、こちらの小型潜水艇が救出します。それと、海上は本艦の艦載機ガネットフェンサーが掃海していますので浮上しても大丈夫です』
暫く艦内が沈黙したあと、歓声があがった。大部分の船員が涙している。
近藤は会議にいた美香の顔が思い出された。小娘だが、どこか他の艦長連中とは違ったものを感じていた。
「浅波艦長、援軍に感謝する」
『遅くなりすみません。もっと、早く来ればよかったのですが………』
「いえ、事情があるのでしょう、もうだめだと思っていた。しかし、海風がくるとは思ってもいませんでした、貴艦は後方支援ではないのでは」
『実は、トリムタンクが故障して艦隊を離れたのです。ああ、ちゃんと田口提督の許可は得ていますよ。それで、故障したトリムタンクだけでなく、バラストタンクも浸水がとまらず潜水して進んできたら、ここに来ちゃったのです』
わざとらしく答える美香に近藤は苦笑いしながら
「ほう、故障した船が艦隊を追い抜いてきたわけですか』
「そうなのです、故障と思っていたらスイッチを間違えていたのです」
やりとりを聞いていた、近藤の周りのクルーは涙声で
「可愛い声ですね、今度の海風の艦長は女性ですか。一度会ってみたいです、どんな人ですか」
近藤は目をつぶって、美香の顔を思い浮かべながら。
「ああ、妖精か女神とでも言おうか……でも会わない方がいいぞ、今のお前たちなら間違いなく一目惚れする」
近藤は、初めて笑顔でクルーに答えた。さらに美香から続けて通信が入る。
『カーズの群れの中心は別行動で重松大佐に向かっています、ビッグカーズもです。ここは大丈夫でしょうから、私はカーズを追って重松大佐の援護に向かいます。近藤艦長は浮上して脱出した船員を救出してください』
「了解した。気をつけてください、傷ついた我々では援護に向かえません、なんとかお願いします。あの大群では重松の艦隊も危険です」
近藤が返信したあと呟くように
「まさに。我らの海の女神だな」
あの、艶やかな黒髪の美香を思い浮かべながら、浮上命令をだした。
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