1 深海の死闘(穏やかなる洋上)
一方、沖田達は弾薬を補充すると、すぐに信濃を発艦した。しかし、他の部隊が発艦する様子がない
「他の艦載機はどうした。攻撃に向かわないのか、状況は報告したはずだ」
沖田は随行する部下のガネットに伝えたが、海上を見ると思わぬ事態になっていた。
「鑑隊が反転している………」
海上に浮ぶ多くの艦船の白い航跡が曲線を描いて、日本に引き返している。沖田は絶句したあと
「奴ら引き返している。海風を見捨てるのか! 腰抜けめ! 」
沖田はコックピットで激怒した。他のパイロットからは
「しかし隊長、この数では犬死に行くようなものです」
沖田はその通りだと思った、艦隊の判断は間違いではないだろう。しかし、自分は孤軍で奮戦している海風を見捨てることができるのか。
しばらく沖田は判断できなかった、いや沖田自身はどうするか決まっている。問題は他のパイロットを追随させるかだった。
「艦隊も撤退している。全員、信濃に引き返せ」
沖田は指示を出すと
「隊長は」
「まあ蜂の一刺しくらいにはなるだろう」
沖田は単機で救援に向かうつもりだったが、沖田隊のガネットに戻る者はいなかった。沖田は苦笑いしながら
「言っとくが命令ではない。本当に戻りたいものは戻れ。だれも恨まない、いや戻ってほしいくらいだ」
すると、部下のパイロットから
「隊長、まさか抜けがけする気ではないでしょうね。可愛い艦長が待っているのに、帰る手はないでしょう」
「おい、まさかお前達、美香艦長を狙っているのではないだろうな」
冗談のように言うと、部下も
「そういう沖田隊長はどうなんですか」
「おい、おれが、あんな小娘のこと気にしていると思うのか」
すると他のパイロットが口ぐちに
「でも美香艦長は可愛いし、スタイルもいいよな」
「お前もそう思っていたか。そうだ隊長、生き残ったら美香艦長に少しでいいからハグしてくれるよう頼んでくださいよ」
沖田は、部下の下世話な会話を、普段なら注意するのだが、今回だけは黙って聞いていた。これから決死の戦闘に向かう極限状態の心理を、少しでも慰めようと強がっているのだ。
「わかった。約束する」
するとパイロット達から歓声があがった。
「だが相手は女子校生だ、援助交際はだめだぞ」
そのとき最後尾のガネットから
「西北西約五キロに三隻の艦船がグアム方面に向かっています! 」
「全艦離脱ではないのか!」
「わかりません」
沖田はその艦船に向かった。
広大な太平洋の群青の波間に、三隻の艦船が真っ直ぐな白い航跡を残し、全速力て進んでいる。
「あの先頭を走るイージス艦は『高雄』、重松大佐の船だ」
沖田は涙が出る思いだった。そのとき無線が入った
『こちら重松だ、沖田だな丁度良かった。水雷戦をするのに浮遊カーズが邪魔になる、そのときは掃除してくれ』
「重松艦長、撤退の命令が出ているのでは」
『海風には大きな借りがあるのでな。それより、お前達も若い美人母ちゃんが心配できたのだろ。しかし、こんなところに戻ってくるとは親孝行者だ。ハハハ』
豪快に笑う重松に、沖田は
「そのとおりです」操縦幹を握りしめ
(さすが宮部中将の小飼の将。この大群に向かっていくとは、まさしく武士だ)
わずかでも海風を救いに向かう猛者に胸が熱くなっていた。
◇
美香は洋上に通信ソナーを放って援軍を要請したが返事がない。
「どうやら、艦隊は撤退したようね」
「撤退ですと! 我らを見捨てて」
加藤は、語気を荒げて言うが
「懸命な判断ですよ。もし、私達を救いにきても、艦隊は全滅するでしょう」
加藤や周りのクルーも声がでない。美香は、消沈している周囲の雰囲気を感じ
「大丈夫! 何とか切り抜けましょう」
元気な声をだすが実際のところ策はない。
海風は海山の緩斜面に沿って全速力で潜航している。目算通りカーズは他の潜水艦には目もくれず海風を追ってきた。
一方、潜水艦隊は海風とは逆の方向に、一点集中してカーズの包囲を突破していくが、一隻が大破され、残り三隻もかなり損害を受け浮上しようとする。美香は脱出させている潜水艦を気遣い
「浮上しても洋上にもカーズがいるから……」
美香は浮上するのも危険だと感じていた。
「できるだけカーズを海風に引きつけましょう」
美香は捨て身の囮だった。カーズの大部分は海風に引き寄せられるように、追随する。その分、他の潜水艦に取りつくのはわずかだった。
そのとき潜水艦隊に向かって遠くから水雷の爆発音がひびく。加藤は
「爆雷だ、誰が撃っているのだ」
「スクリュー音からして……巡洋艦…高雄です」
美香は苦笑しながら
「重松大佐ね……何隻ですか」
「三隻です」
加藤は
「たった、三隻だと」
「命令無視してきたのです。しかも決死の覚悟と言ってよいでしょう、三隻でもよく来てくれました。おかげで浮上する潜水艦は助かる。そうだ重松大佐にお礼を言わないと。通信ブイをあげて、それに伝言を託します。内容は……」
◇
洋上では、重松の鑑隊と沖田は浮遊カーズを撃退していた。そこに潜水艦が浮上してくる、どれもかなり損傷し、重松達は直ぐに救出を始めた。その間も数は少ないがカーズの攻撃は続いている。重松の艦船もわずか三隻で奮戦したものの、かなり被害をうけた。重松艦長は
「海風はいないのか! 」
周囲を探るが海風の艦影だけがない。
「おそらく自分が囮になって、他の潜水艦を逃がしたのだろう。しかし、潜水艦を全て生還させている、なんて娘だ」
重松は、今更ながら美香の戦術に感嘆している。そのとき、海風の通信ブイが洋上に浮かび上がり美香からの伝言を傍受した
『重松艦長、援軍に感謝します。海中にはこれまでにないカーズがいます。皆さんも危険です。海風がカーズをひきつけておきますので、その間に離脱してください。それと、沖田隊に近くの空母に戻るよう伝えてください』さらに続けて、明るい声で
『心配しないでくださいね。海風は沈みまぜん! 』
通信を聞いた重松は
「どうやら、あの小娘艦長は、すべてお見通しのようだな。このままでは私が帰らないと思ったのだろう。我らを安心させるために強がりを言っている」
美香はカーズの大群を一人で相手にしている。
美香は自分たちを気遣って、こんな通信をしたに違いない。重松は周囲のカーズを追い払い、潜水艦の救助を行っているが、この傷ついた艦船では助けに行けない。
うねりある外洋の風は蕭々と吹いている。重松は固く拳をにぎり水平線をにらみながら
「おだやかだな……太平洋は晴れわたり、いつもの碧海の海原が広がっている。この海の深くで、あの娘が孤軍で死闘を行っているなどと、だれが想像しえようか……生きて帰ってこい」
重松達は祈ることしかできない。
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