5 美香の初陣(小笠原沖、カーズ迎撃戦)


 美香はひさしぶりに、「海風」の寄港するドックにやってきた。


 真新しいスカートの軍服姿で、おだやかな風に、黒髪をはらはらと揺らせた姿は、入学式の初々しい女子高生のようだ。


 加藤大佐と、シルビア少佐のひそやかな出迎えを受けると感慨深げに、黒い島のような巨大艦船を見つめ。


「ひさしぶりだな。長くこの船と苦楽をともにしてきた。また、戻ってこられるとは思わなかったよ」

 見た目は女子高生の美香だが、口調は以前の宮部中将になっていた。


「そうですな、艦長はもともと戦闘機のパイロットでしたが、途中から艦船の指揮に移られ、海・空の戦術に長けておられます。それもあって潜水空母海風の計画、設計、に携わり、自分の子供のようだとも言っていましたな」

 美香がうなずいたあと、加藤は話題をかえ


「ところで今回、海風は後方支援だとか」

 美香は気乗りしないようで、苦笑いしながら


「そうだ、私も久しぶりの前線だしな。リハビリをかねて今回は田口の下で働くよ」


「田口提督の下ですか」加藤は吐き捨てるように言うと「他の艦長の反応はどうでしたか、かの海風艦長が女子高生ではいろいろ言われたのではないですかな」


「想像の通りだ。他の艦長には白い眼で見られたよ。しかし、泰蔵がなんとか収めてくれたがな。それに、会議のあとの懇親会では、やたらと艦長連中が寄ってきて、特に田口提督はしつこくて困ったぞ。私を、ホステスとでも思っているのか。私は男に興味はない」

 美香が不機嫌そうに言うと、横のシルビアが少し笑って


「男性に興味がないとは……でも、あの田口提督には気を付けてください。見た目は真面目なイケメンですけど、女性に関しては結構、噂がありますから」

 シルビアが心配そうに言うと。


「わかった、気をつけるよ。それより少し艦内を回らせてくれないか、この少女の姿なら艦長とは思われないだろ」


「そうですね、階級章がないので単なる可愛い新人女性兵です。きっと、あらくれ男に声をかけられますよ」

「そんなことはなかろう、まあ夕方までにはもどる」


 美香は、薄紅色の細い唇で微笑むと、長く艶やかな黒髪をふわりとくし上げ、加藤とシルビアに背を向け、一人艦内の奥に立ち去っていった。それは、どう見ても艦長というより、真新しい軍服を着たスレンダーでスタイルのいい、初々しい新人女性兵士の姿だった。


 美香は艦内をまわった。

 特に上官になってから行くことのない、喫茶室や娯楽室に出向いてみた。すでに、兵士は乗り込んで喫茶室にも大勢集まっている。


 美香が入ると一斉に兵士の目が美香にくぎ付けになった。

「おい、あの娘だれだ」

「新品の軍服着てるから新兵かな。でも、めちゃ可愛いじゃないか」

「ほんとだ、階級章もないから臨時のアルバイトだろ。若いな、女子高生みたいだぜ」


 一方、美香は勝手がわからず、うろうろしている(どこに何があるかわからん)、ジュースを買おうとしているが販売機がわからない。

 そのとき、一人の若い兵士が美香に声をかけた


「どうしたの、何かわからない」

 すると、周りから数人の兵士が「あいつ! 声をかけやがった」見ていた周りの若い兵士たちが、次々と美香にむらがってくる。


「あ…あのー…」

 美香が男たちに囲まれて、怯えて(あきれて)いると

「こらー! 何しているの、新人イビリ」


 はつらつとした、女性の声がした。そこには、二十歳前後の二人の女性兵士が食堂の戸口に立っている。

「あんたたち、どう見ても新入りの女の子じゃない、むさくるしい男に囲まれているとびっくりしちゃうでしょ。あっちいって! 」


 小慰の階級でもあるためか、周囲の者はしかたなくさがると、美香の前にきて

「ごめんね、ここの男達無作法だしね、よかったら一緒にジュースのむ、夕方ならビールだけどね」


 颯爽とした女性兵士はジョッキでビールを飲む真似をした。美香は

「は…はい。でも私十七歳ですから、ビールは……」


「ええー! 十七歳!」 

 十七歳の言葉に周囲も絶叫した。


「ねえ、名前は、新人さんね」

「は…はい…名前は美香といいます」

「配属はどこなの」

 美香は少しこまって


「えっと……CIC(指令室)です」

 その答えに女性兵士は顔を見合わせて


「CICって…実は私たちも指令室勤務なの、でも新人さんが配属されるなんて聞いてないよね、新しい艦長は就任されるけど」

 すると、もう一人の物静かな女性兵士が


「そうね、まあ、急に決まったのかも。ほらシルビア少佐も雑用してくれる補佐がほしいって言ってたわ」

 話を聞いていた男たちが、再び群がって


「へえ、指令室かすごいね、覚えとくよ。ねえ美香ちゃん、よかったら艦内を案内しようか」

「ああ、貴様抜け駆けだぞ。それより彼氏とかいるの」


 いきなりぶしつけな質問に、美香は(やはり、こう言う話になるのか)と思いつつ、大きく首を横に振ると、周囲の男どもは満面の笑顔や「よしっ! 」とこぶしを握っている。


 それを見た、女性兵は

「うるさい! 私たちの後輩ちゃんよ、なれなれしくするな!」

 そのとき、出港体制の準備にかかるようアナウンスが響いた。女性兵士は

「いかなくちゃ! 指令室に一緒にくる」

 美香は


「ああ…あのー、少し寄るところがあるので…」

「わかったわ、船は大きいから迷子にならないでね、楽しみにしてるから。わからないことがあったら、なんでも聞いてね」


 こうして、快活な女性達は美香のもとを離れた。

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