5 美香の初陣(小笠原沖、カーズ迎撃戦)2

 美香は艦内を巡ったあと、加藤大佐とともに指令室に向かって廊下を歩いていた。

「どうでした艦内は」


「ああ、相変わらずだな。久しぶりに若者と話が出来たよ」

「しかし艦長、感無量です。もう戻ってこられないかと思っていましたので」

「なにを言う、これからは若い君たちにがんばってもらわないと」


「とんでもない、今の艦長は十七歳ですよ。六十を過ぎたもうすぐ退官の私よりも、これからがあるではないですか、実は私の孫と同い齢なのです」

 それを聞いた美香は加藤に聞こえないように


(そうか、またこれから人生をやり直すのか……)

 そうつぶやくと、なぜか重い気分になってきた。急に黙った美香を加藤が見ると、美香は微笑むだけだった。


 そのまま進むと扉があき、美香は加藤大佐の後について指令室に入ると、中では二十人ほどのクルーが複雑な計器版に向かっていた。


 そこには先ほど喫茶室で出会った女性クルーたちもいる


「美香ちゃんだ。加藤大佐の補佐なのかしら…ちょっと気の毒」

「みて、艦長席の横でうろうろしているわ、へたしたら加藤大佐の雷が」

「教えてあげよ」

 女性クルーは立ち上がって


「美香ちゃん! そこはだめ、艦長の席よ」

 しかし、美香は微笑んで何の躊躇もなく艦長席に座った。周囲のクルーはどうしたものかとシルビアにも目を向けるが、シルビアも何事もないように自分のブースに座りコンピュータのチェックをしている。加藤大佐も、そのまま美香の横で待機した。


 この状況にクルー全員が呆然としたあと。

「え…ええー!」

「うそー!」


 美香は、女性クルーを見降ろして手をふったあと、自分の席の周りにある計器類を操作しはじめた。指令室のクルーは、横の仲間と


「うそだろー、何の冗談だ」

「きっと、体験で座らせてもらっているのよ」

 すると、加藤大佐が口を開いた。


「皆聞いてくれ。このたび本艦の艦長に就任された、浅波准将である」


「准将! 」

 周りのクルーが驚いている。


 紹介された美香は、立ち上がり。

「みなさん、このたび艦長に就任した浅波です、よろしくお願いします。ご覧のとおりまだ女子高生です。そこで、混乱をさけるため、私が艦長であることは、しばらく指令室と一部の上官だけの極秘にしてください。私も、艦内を歩くときは階級章をはずします」


 新任とは思えない落ち着いた美香の態度は、ある種の貫録さえ伺えるが容姿はどうみても女子高生で、周囲は呆然と美香を見上げている。美香は続けて


「これより、カーズ迎撃作戦に参戦します。出港の準備はよいですか」

 美香の澄んだ、力強い声が指令室に響く。加藤が

「はっ、全てクリアーです」

「それでは、海風、抜錨してください」


 クルーは思ったより力強い美香の声に一瞬おどろいて手がとまっている。それを見た美香は

「操舵主! 操縦方法をわすれたの、それに復称は」


 意外に鋭い美香の命令に、操舵主はあわてて

「はっ…はい! 海風発進! 」


 海風の喫水線に泡立つように波がたつと、ゆっくりと離岸する。

 沖合に出ると速力を全開にして、紀伊水道を南進し、そのまま、うねりある太平洋に出ると艦首に白波をたてて、巨艦は水平線に向かって力強く進む。


 安定航行に移ると、女性クルーが小声でささやきあっている

「か…艦長だったの!」


「信じられない。でも可愛いわねー、あの娘が艦長だなんて、なんか楽しいね」

「うん、うん。こんどお茶にさそってみようか」


「だめよ、この世界最強の潜水空母「海風」の艦長だよ。でもあのミニスカートはだめよね、高いとろころに座っているから男達の目線が艦長の足元にいってるよ」

「ほんと、注意してあげよう、でもきれいな足ね、あれじゃあ男共そそられるの無理ないわ」


 美香は全く気付いてなく、モニターの海図に映る田口鑑隊との合流点への進路を見つめている。


 ◇

 航行中、美香は艦載機部隊の隊長を招集しブリーフィングを行った。


 作戦の再確認と、一応、挨拶をしておこうと思ったのだ。揃った隊長達の前に美香と加藤、さらにシルビアが並ぶと、まずは美香が口を開いた


「この度、この海風の艦長に赴任した浅波美香です。よろしくお願いします」


 席がざわついている。特に、攻撃隊の隊長の沖田は、足と腕を組み反り返って、半分寝ているかのように俯いている。その状況に加藤大佐は


「静かにせんか! ご覧のとおり艦長は、お若いがこの太平洋艦隊最強の海風の艦長である。ただし、混乱を避けるため、しばらく他の兵卒には艦長というのは秘密にしておくように」


 すると、少し癖のある長めの髪に覚めた目つき、やや細身だが、がっちりした肩幅で長身の沖田が、小馬鹿にしたような口調で


「艦長殿の戦歴は、いかほどでしょうか」

 顔を伏せて眼を合わせない沖田に美香は

「そうですね、理解できないと思いますが、少なくともあなた方よりは経験あると思います」

「御冗談を、ひょっとして、テレビゲームでの御経験ではないでしょうな」


 わざとらしく、慇懃な沖田の言葉に、他の隊員もへらへらと笑っている。すると加藤大佐が

「おい、いい加減にせんか! 」


 怒鳴るように言うが、美香は全く動じない表情で加藤を制し

「まあ、見てないことですから、疑うのも無理ないです。それより今回の作戦は大群で押し寄せるカーズの迎撃です。日本を守るための重要な作戦です。心してかかってください」


 再び沖田が、ふてくされたような態度で

「宮部中将が亡くなられてからの海風は、劣勢になるとすぐに引き返している。というか、このところ攻勢になったことはないですけど……そういえば今回の海風も後方支援だとか。まあ、そのような任務なら問題なく遂行できるでしょう。やばくなったら真っ先に逃げ帰るよう、心してかかります」


 沖田の皮肉な言葉に、加藤が真っ赤になると。美香は再び加藤を制し、微笑みながら。


「そのときは私が命令します。それではシルビア少佐、作戦の概要を説明してください」

 美香の落ち着いた返答に沖田は(ここまで、いじられながら、あの毅然とも言える態度。本当に女子高生なのか……)逆に自分達が、わがままを言う子供のようにあしらわれた気がして、釈然としなかった。


 ざわついた中、シルビアから作戦の概要が説明されたあと、美香と加藤はルームをでた。


 指令室に向かう廊下で。加藤は眉間に皺を寄せ

「沖田め! 艦長をなめている。宮部艦長が亡くなられてから、艦載機部隊もすっかりやる気を失っています。本当のことを言いたいです」


 一方、美香は全く気にしていないようで

「まあ、気にするな。沖田も仲間が多数戦死して、救えなかっをことを悔やんでいるのだろう。でも、最初にガツンと私の力量を見せておく必要があるな」


「期待しています! 」

 加藤は語気を荒げて言った。

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