4.ヤンデレちゃん♡

「では、この時の主人公の心情を……」


 麻結まゆさんは俺のクラスの担任であり、国語の先生でもある。


「はいはーい! 麻結ちゃんせんせー!」


 ……そして、若い女の先生という事もあってか生徒との距離は近いので、こんな風な呼び方ですっかり定着している。


「はい、宮地みやじくん。何ですかー?」

「せんせぇー、いつになったらエロい話のとこになるんですかぁー?」

「?」


 つ……こいつ……!!


 ……やっぱり早急に何とかすべきだ。


 ちょっと前に何やら熱心に教科書を友達と囲んでいたからついに真面目になったかと一瞬思いながらも、その後ゲラゲラ笑ってたから嫌な予感を感じていればこの始末だ……。


 思わずこの人は自分の彼女なんだと叫びたくなるのをどうにか落ち着けていると、


「……しんちゃん」


 ……隣から楽しそうな声で、名高なだかが話しかけてくる。


「……何だよ、授業中だろ?」

「面白くないね」

「は……?」

「だからぁー、あいつが先生をイジってるのが面白くないんでしょ?」

「……」


 えっ……どういう意味だ?

 バレてる?……いや、バレてない……よな?


 俺と麻結さんが付き合ってる事はしきしか知らないんだし、そのしきが口外するとは考えられないし……かといって俺達だってそこまで頻繁に会ったりして無ければ会う時も細心の注意を払ってるつもりだ。


 ……あっ、そうか。


「そりゃそうだろ。……あいつは嫌いだし」


 危なかった。


 これは多分、直感だけど……カマをかけられたんだ。


 ここで関係がバレたと思って必死に否定すれば、麻結さんを嫌いな訳でも無いのに確実に嫌いであろう宮地を庇うような形になってしまうんだって……危うく焦って気付かない所だった。


「だよねー、わたしもあいつは嫌い」


 彼女はそう言って、またノートを写すのに戻っていった。


 ……杞憂だったのかもな。


 そもそも、名高が俺をそんな風に追い詰める様な……試す様な事をする理由も無いんだし。


「下川くん?」

「えっ……は、はいっ」


 名高がすっかり授業に戻った後も俺だけどこか上の空だったからか、そんな風に教卓の方から麻結さんに呼ばれてしまう。


「……つづき、読めますか?」

「えっ……と……」


 何だか皆の前で名前を呼ばれると、傍から見れば普通の事なのに、いけない事をしているみたいでちょっとドキドキしてしまう。


「っ……」


 いや、今はそんな事よりも……マズい。


 せっかくの麻結さんの授業なのに、ちゃんと聞いてなかったなんて思われたら……普段真面目な分、余計に悲しまれてしまうかもしれない。


「……しんちゃん」

「ん?……!」


 そんな風に考えて、俺が思わず冷や汗をかいてしまっていると、コソッと俺の名前を呼ぶ影があり……


「マジでありがとう、名高」

「んー」


 ……名高がツンと人差し指を立てている所を確認し、俺は小声でマジな感謝を伝えつつ自分の教科書からその文を探す。


「彼女は……」


 俺が読み上げつつ横目で教卓の方を確認すると、麻結さんは俺の目線に気づいたのか軽くだけれど笑い返してくれる。


 ……良かった。


 さすがに意地悪で名高が違う所を指すとは考えられなかったけれど、ひとまず無事にやり過ごせてホッとする。


 だけれど……麻結さんの授業なんだから、尚更ちゃんと受けないとなのに。


「……だからだ。そして、彼女は狂人だったのだ」

「はい、そこまで!……ありがとう、下川くん」


 俺が内心で反省している間に、いつの間にか終わっていた様だ。


 麻結さんの言葉に見送られながら、俺は席に着いて再度名高にお礼を言おうとそちらの方を向くと、


「!」


 ……寝てる。


 しかも机に突っ伏して、かなーりがっつりと。


 そういえば、名高は気まぐれな性格だったのをすっかり忘れていた。


「……ありがとな」


 聞こえてないと思いつつも一応そんな風にお礼を言ってみると、


「ふふっ」


 夢の中で楽しい事があったからなのか、はたまた俺の言葉が聞こえたからなのかは分からないけれど、名高はそんな風に声を漏らし表情を緩ませて笑った。

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