3.先生♡

「……あっ、麻結まゆさん」

「お待たせー、下川しもかわくん。……待ったよね」

「いえ、全然……」

「ううん。そういうのじゃなくてね」

「……?」


その日の放課後も、俺は麻結さんと会っていた。


麻結さんは最近委員会の方が忙しいみたいで、普段から忙しい人なのに更に予定がつめつめみたいだった。


そんな中でも俺と少しでも会おうとしてくれるのは、ちょっと申し訳なくもありつつもやっぱり凄く嬉しかった。


「実はね、これとこれで迷ってて」

「ん……? え、これって……」


俺がそんな風に考えていると、麻結さんはそう言って二つ本を見せてきた。


「こっちはあの賞とった本ですよね。……で、こっちは……?」

「ふふ、分からないよね。……実はオススメの本の短い推薦文を書かなくちゃいけなくて、どっちにしようかなーって迷ってたの」

「なるほど……」

「……でね。どっちも好きなんだけど、一番好きな本か皆も知ってて読みやすい本、君ならどっちにするか……聞いてみたくて」


俺に聞くって事は、相当迷ってるって事だろう。


無難に決めようとするなら、俺でも名前は知ってる有名で読みやすい本の方が当然良いのだろうけど……


「俺の一存で良いなら……麻結さんの一番好きな本の方が気になります、けど」


……悩むって事は、一番好きな本の思い入れが強いって事だ。


麻結さんをそこまでさせる本。

単純に、俺が……麻結さんの推薦文でどんな部分が好きか知りつつ、読んでみたいと思ったからってのが大きいけれど。


「……うん、じゃあ……そうしようかな!……ありがとう、下川くん」


すっかりモヤモヤが晴れた様な笑顔でお礼を言う麻結さんを見れば、たちまち俺はそっちを選んで良かったと思ってしまう。


あんまり人の顔色を伺ってばかりだと疲れるからある程度はしょうがないと思いながら生活しているけど……やっぱり自分の言葉で誰かが笑顔になってくれるならそれ以上の事は無いし、それが自分の彼女……麻結さんなら尚更だ。


「大変ですね、委員会……」

「ふふ、そうなんだよねぇ……。この後には修学旅行も夏期講習もあるし、暫くは休まる気配が無いねぇー」

「夏期講習……やるんですか?」

「そうに決まってるでしょー? 私を誰だと思ってるの、下川くんは」

「あはは……」


ちょっと怒った風にそんな事を言う麻結さんに苦笑しつつも、俺も行こうかなーなんて考えてみる。


……どちらかというと自由に生きている方な俺だけれど、義務教育でも無い高校に来てる事もあるし昔から何故か勉強は人一倍頑張っていたから、赤点をとったことも無ければそこそこ上位の成績をキープ出来ていた。


ま、それでも天才達には敵わないただの凡人だから、一位をとったことも無ければ、勉強を辞めてしまえばすぐさま雪崩なだれのように落ちていくだろうし、油断は出来ない事は事実だった。


夏休みも相変わらず忙しい麻結さんだけれど、夏期講習の時に少しでも会えるなら、その機会を逃したくは無いし。


「あっ……そろそろ時間かも」

「……もうですか?」

「うん。……ごめんね」

「いえ……」


すると、麻結さんは時計を見つつそんな風に言う。


でも、まだ数分……五分も経ってないんじゃないだろうか。

そんな事を思ってしまうと、何だか少し不満になってしまって慌てて振り払う。


「……よし! じゃあ……職員室まで、一緒に来てくれる?」

「えっ……でも、良いんですか……?」

「うん、大丈夫だよ。……ほら、この本持って貰えば……たまたまそこに居た生徒に、荷物運びを手伝って貰ってるみたい……でしょ?」


俺がちょっと不貞腐れてるのを感じたのか、麻結さんはそんな風に言ってさっきの本を二冊だけ俺に持たせて階段を降りて行く。


……やっぱり凄いな。


麻結さんには、俺の何でも見抜かれてしまうんだ。


そう、それは初めて会った時も、付き合うってなった時も……最初からずっとそうだった。


「先生ー」


まぁ……それもそうだろうな。


「!」


だって麻結さんは……


「……はーい。何ですかー?」


……俺の担任の、先生なんだから。

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