19.近づく影♡

「わぁ、宮地くん素晴らしい! 正解です!」


 その声に、多分クラス中が一人残らず聞き間違いを疑っただろう。


 ……だって、あの宮地みやじが、だ。


 授業中はふざけるか寝るかしかしてないあの宮地が、かと言って別に天才でも無いのでテストはいつも赤点のあの宮地が。


 こうも脳内が悪口祭りの様になってしまうのも、本当にそうだから仕方ないのだけれど……どうして?


「こういう問題は得意なんですか?……それとも、もう見聞きした問題だったとか?」


 流石の麻結まゆさんだってそう思ったのだろう、痒い所をかいてくれる質問にきっとクラス中が脳内でガッツポーズをシンクロさせただろうと思いつつ宮地の答えを待っていると、


「別に、昔のダチがこーゆーのばっかやってただけだけど?」


 と、宮地は少し鼻を高くして答える。


 でも……友達が得意だったからからといって、ただそれだけじゃ宮地まで上手くはならないハズだ。


 ……案外、前中野なかのの言っていた『昔の宮地』は間違って無かったと考える方が自然な位、今の状況は意外すぎてついていけなかった。


「……まぁ、それは素晴らしいですね」


 宮地の言葉に、麻結さんはそう言って笑う。

 なんて事無い、いつもの笑顔だ。


 麻結さんは……やっぱりあんまり動揺しないんだな。


 勘の良い人だし、もしかしたら宮地のそういう一面にも気づいていたり……なんてのは、考えすぎか。


「……で、麻結ちゃん先生」


 俺がそうまとめて別の事を考え始めようとしていた時、そんな風に始める宮地の言葉に、そういえばこの問題には『ご褒美』がついていた事を思い出す。


「はい?……あぁ、『ご褒美』ですか? いいですよ」

「……」


 麻結さんの言葉に、宮地は勿体ぶるように押し黙る。


 何だかんだ言って、クラスにいる人達の殆どが宮地がどんなに陰湿な質問をするのか期待していた節もある事は否定出来ないと思う。

 俺は勿論彼氏だからなるべく柔らかい質問であってくれ……と思っていたけれど、宮地にそれを願ったってどうにもならないので、流石に酷い『ご褒美』を願うのであれば止めに入ろうとは思っていた。


 ……が。


「麻結ちゃん先生は、彼氏居るの?」


 宮地のした質問は……各々の想像と比べれば、拍子抜けしてしまう程軽かった。


 クラス中はザワザワする事も出来ず、その質問に固まっていたけれど、


「はい。居ますよ」


 麻結さんの答えに、ハッと気付かされた様に女子達はキャーキャーと麻結さんを囲み出す。


「えっ、いつから?! いつから?!」

「何歳?……歳上? 歳下?」

「えーっ♡ 恋バナ聞きたーい!」


 俺は当事者だったから、ちゃんと正直に言うんだな……とは思いつつも、ちょっと離れて見る事が出来たからこそ、


「……」


 質問を終えて立ち尽くす宮地の、あの表情……ただ麻結さんが好きで聞いたのとも意地悪で聞いたのとも違う様な、どこか暗い感情の除く様な、見た事も無いような深い表情に、気づいてしまったんだ。


 宮地は……麻結さんに対して、何かしらの深くて暗い感情を持っている。


 今の質問も何かしらの意図があっての事だろうけれど……確実に嫌な予感しかしないのは確かだった。



****



「……しき?」

「ん?……あぁ、真次しんじか」


 あの後すぐ教室を出て行ってしまった麻結さんに、宮地に注意する様にだけ伝えたくて軽く探し回っていると、下駄箱の所にしきを見つけた。


「どうしたんだ?……夏期講習ならさっき終わったぞ?」

「あー、違う違う。待ってるんだ」

「待ってる?」

「うん」


 何を、あるいは誰を待ってるのか……しかも来賓用の下駄箱に居るなんて……とは思ったけれど、とりあえずは別れて廊下を進んでいると、


「!」


 麻結さんを見つけた。


「麻結さ……っ!」


 が……危なかった。

 麻結さんは、誰かと話していたんだ。


 身を潜めて見てみると、見覚えの無い黒髪ロングと、私服らしき服装だけは見えて……顔は見えなかったけれど、夏休みだし私服で顔を出しただけのただの生徒かとも一瞬考えたけれど……。


「ふふっ、じゃあ順調なのね?」


 ……あんなに親しく話す麻結さんは、見た事が無かったから。


 だからきっと……俺の知らない人なんだ。


「ふふっ」


 俺は気づけば、回れ右をしてしきとも話さないまま、何も無かったかの様に帰路についていた。

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