40.花火と約束♡
「ふふっ……綺麗」
一つ大きな花火が上がってから、次々に連鎖する様に上がっていく花火を見て、
俺の頭の中にはしばらく朝の……多分通勤途中かな、面白い見た目か格好か状況かの猫を見つけて、思わずシャッターを切ってしまっている麻結さんを思い浮かべながら、目の前で花火の上がる空を見上げている麻結さんを呆然と眺めていた。
「あっ……見て、ハートだ」
「ん……ほんとだ」
そんな様子の俺に、そう言って空の方を指さした麻結さんの指先を追って見ると、確かにハート型の花火が上がっていて面白いなぁなんて思っていると、ニコちゃんとかの他の形のものや、爆発が二段階あるのなんかも色々上がってくる。
そんなよりどりみどりな花火達を見ているうち、ある一つの疑問が浮かんでくる。
「麻結さん」
「ん?」
「花火の写真は……撮らないんですか?」
好きなものとか可愛いものとかを撮った写真をよく見せて来る割には、さっきからスマホを取り出す気配が無い。
さっき綺麗って言ってたんだし、対象内じゃないのか?……なんて思って聞いてみると、麻結さんも俺の聞かんとしたことを理解したのか、「あ、それはね……」と話し始めた。
「私が撮るのは、誰かその場に居ない人に共有したい景色とかだけなんだ」
「……じゃあ、花火は?」
「だって……ふふっ。この花火は……
そんな風に言って笑ってみせる麻結さんは……やっぱりちゃんと俺の事を特別に思ってくれているんだって感じさせてくれて、凄くふわふわとした気持ちになる。
「……そうですね」
何だか、麻結さんはいつもほとんど自分のペースを崩さないから……もしかしたら俺の事も、俺が告白したから付き合ってるってだけで、別に何とも思ってないんじゃないかってたまに思ってしまうけど、二人になればやっぱりそうじゃないんだって思わせてくれる所がどうしても、俺を安心させるんだ。
「……麻結さん」
「ん?」
「あの……考えて欲しい事なんですけど」
俺はそんな麻結さんともっと距離を縮めたくて、ずっと前から密かに考えていた事、この機会に思い切って言ってみる事にした。
「俺の事……『下川くん』じゃなくて、名前の方で、呼んでくれませんか……?」
やっぱり何だか他人行儀な感じがしてしまうし、何より……俺の方は名前で呼んでるのに、麻結さんだけ俺の事を苗字で呼ぶのは、ちょっとモヤモヤするというか……。
……それに、苗字だと俺が呼ばれてるって感じがあんまりしないというか……。
「……」
そんな考えから流れに乗せられて言ってしまった言葉に、麻結さんは考え込む。
「……あ、勿論二人の時だけですよ! 間違って名前で呼んじゃいそうとか、理由があるなら全然、良いんですけど……」
「いいよ」
「……えっ」
「名前。……いいよ」
自分で聞いたクセに、良いと言われてちょっと驚いてしまう。
「でも……条件が一つ」
「条件、ですか……?」
「……それ」
「え?」
……すると、そんな事を言われてまたまた驚いてしまう。
条件……って、何だろう。
何故か無意識に過激な事を想像してしまって冷や汗をかきつつも、ここまで来て聞かない訳にもいかないので待っていると、麻結さんは言った。
「その敬語。……辞めるなら、名前で呼ぶよ」
「!」
敬語……気にしてたんだ。
「わかり、ま……分かっ……た」
「……ふふっ、よく出来ました」
何だかいつも敬語なのを崩すのは抵抗というか……強い違和感があったけど、俺がそんな風に言うと、麻結さんは楽しそうに笑いながら、俺に向かって言った。
「……
笑顔でそう言った麻結さんの背後には、ちょうど一番大きな花火が咲いていた。
俺はこの日……少なからず一歩は彼女に近付けたんだと、本気でそう思ってたんだ。
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