47.皆さんの先輩です♡

 麻結まゆさんは、昔この高校の生徒だった。

 そして……麻結さんが高校生だったその時に、ここでが起きた。


 少なくとも……周辺の生徒に隠したいくらいの『何か』が。


「あっ、居たぁー……麻結せんせー!」

「ん……あら、どうしましたか?」


 何だか嫌な得体の知れないモヤモヤが湧いていてどうしようもない気持ちになっていると、そんな風に言って麻結さんを呼ぶ生徒がこちらに顔を出した。


「あら……ちょっと失礼しますね」

「は、はぁ……」


 でも……麻結さんは呆気なく呼ばれて行ってしまう。


 その一連を邪魔されたという風に不満げな顔で見ていた中野なかのも、俺にお願いされて参加したけれど何となく興味が湧いてきたらしく耳を傾けていた上城かみしろ名高なだか両名もきっと知らないのだろう、麻結さんに疑問を抱く様子は無かった。


「あー……ここじゃ、難だな」


 ただ……先生だけははっきりと様子を変えて、額にはさっきまで無かった冷や汗を浮かべていた。


 当たり前だ、居た麻結さんに聞かれたかもしれないのなら、焦りもするだろう。


 ……ただ。


 ただ、この焦りが……もし、その場に居たの、ただの生徒に向けたものでないとしたら?


 もし……麻結さんがこの一件に、深く関わって居たんだとしたら?


「……場所を変えよう」


 そんな風に考えてしまうのを何とか振り払って、俺は中野達と共に先生の後を追った。



 ****



「……ここでいいか」


 連れて来られたのは、位置が悪すぎてすっかり物置きにされている、そんな更衣室。


 先生はそんな更衣室の奥まで進んで行き、すっかり使われておらず放置されていたであろう一つのイスを引っ張りこっちの方へ向けると、そこに深く腰掛けた。


 俺達がそれを何となく囲むようにして次の言葉を待つと、先生は大きく息を吐いてから、表情が見えなくても顔を顰めてるのが分かる、そんな空気感で口を開いた。


「いいか? これは……本来なら、口外しちゃいけない事なんだ。お前達を信頼して言う事、そして……中野が知りたいとの事だから言う、それを忘れないでくれよ」


 渋々……という姿勢を崩さず、そんな風に前置きするって事は、やっぱり余程厄介な事なんだな。


「……はい」


 俺の返事に続いて各自次々に同意の意を返すと、先生はまた大きく息をついてから話し出した。


「六年前、そう……確か夏だったな」


 それから先生の話した事は、物語にするには単純で、


「俺の担任していたクラスのある女子生徒が……」


 でも……現実には、とても恐ろしい出来事。


「……クラスメイトを、殺したんだ」


 中野の言っていた噂で予想はついていても、それでも現実のものとしてハッキリとそう言われると、背筋が凍るのは避けられなかった。


「それは……どうしてなんですか?」


 しんと静まり返る空間で誰も何も言えないと思いきや、中野がそう先生に聞く。


 そんな度胸のある奴だったのかとちょっと遠巻きに眺めていると、先生は話し出して抵抗が薄れていたのかそれほど間を開けずに答えた。


「……本人からは、痴情のもつれだったとの事だったが……詳しくは分からない」

「そうですか……」


 痴情のもつれ……か。


 その頃の麻結さんの状況は……俺も幼かったから覚えてないけど、そんな人を殺すまで『誰か』に執着する事は無さそうなので勝手に安心していると、


「その男子生徒は……好きな人に殺されたんですか?」


 ……突然、中野はそんな風に聞いた。


 さすがにこんな身近に実在する事件にそんなロマンチズムを求める様な奴じゃ無いと思っていたからちょっと驚いたけど、


「……すまん。それは……俺には分からない」


 そう言って言い切ったという風に部屋を後にした先生の座っていたイスを見つめる中野の表情は、見た事がないくらい強かった。


 強く険しく、崩れてしまいそうなくらい……脆かったんだ。




……それが何故なのか、この時の俺には分かりもしなかったけれど。

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俺の年上彼女が殺人鬼な可能性が日に日に上がっている センセイ @rei-000

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