26.生徒を正すのが先生です♡

「……どうしたんですか、下川しもかわくん。頬をケガしていますよ」


麻結まゆさんは現れて一番に、俺へ向かってそう言った。


「ま、麻結さ……」

宮地みやじくんですか?」

「……何だよ」

「宮地くんが、やったんですか?」


俺が思わず名前を呼びかけてしまっている時、麻結さんはそんな風に話しかけながら宮地の方を一点に見つめる。


「……さぁな? こいつが勝手に転んだのかもしんねぇよ?」


確かに頬のケガは宮地のせいじゃなくて俺が自分で転んだせいだけど……ややこしくなりそうなので、俺は黙って麻結さんと宮地のやり取りを見守る事にした。


ただ……さっきの様に宮地が手を上げないとも限らないので、そんな事が起きた時にはすぐ割って入れるように集中力を働かせてはいたけれど。


「宮地くんは……少し悪戯いたずらな子である事は、私も分かっていました」

「ははっ。そうそう、オレ……悪い子だからさ?」

「でも……最近はちょっと、悪戯が過ぎている様に感じます。先生は……宮地くん。何より貴方の為を思って言っているんですよ」

「……オレの為?」


麻結さんの言葉に、宮地は鼻で笑った様に反応する。


「オレの為を思うなら、放っておいてよ。それが一番オレにとって嬉しいからさ?」

「……そうでしょうか」


ふざけた様な馬鹿にする様な態度で言う宮地に対し、麻結さんは真面目な姿勢を崩さない。


「そうに決まってんだろ〜。……それより何か? 麻結ちゃん先生は、本気でオレがこの仲良しごっこに参加出来るとでも思ってる訳?」


そんな麻結さんを嘲笑する様に……でも、どこか複雑そうに宮地が言うと、麻結さんは冷静に返す。


「うーん……参加出来るか出来ないかではなく、参加して貰わないと困りますね」


これには流石の宮地も不快そうに顔を歪めたけれど、


「だって宮地くんは、私達のクラスの仲間ですから」


……次の言葉で、辺りの空気はまた違った意味で止まる。


麻結さんは言葉から淡々としている様にみえて、意外と中身は熱い……そう、それこそ俺と似ている人なのかもしれない。


今までそんな事、考えもしなかったけれど……そう思うと、ただでさえ教師と生徒で遠く感じていた麻結さんに、何だか急に親近感が湧いて……嬉しいな。


「……はっ! くだらねー」


……が、やっぱりそんな言葉も、宮地には届かなかったらしい。


「どうですか?……どうしても、気を改めて、下川くんに謝って……クラスの皆さんと仲良くする事は、本当に出来ませんか?」

「……無理だね。今更どんな綺麗事並べられたって、オレには胡散臭すぎてとてもじゃないけど居られない」

「……」


ここまでハッキリと断言されてはもう為す術もないのか、つらつらと会話のキャッチボールを慣れた手つきで投げ返して居たのが不意に止まる。


「……そうですか」


そしてしばらくの沈黙の後、麻結さんはぽつりとそれだけ言った。


「……。やーっと分かってくれた? なら……」

「しょうがないので、宮地くん。……貴方に一つ、教えておきますね」


それを敗戦宣言と捉えたのか、宮地が放っておいてだか何だかを言おうとしかけていた時、麻結さんは予想外にもそう言ってのけた。


「は? 何を……」

「……きっと貴方にとって、聞いておいて損の無い事ですよ」


それにちょっと動揺しつつも、強気な姿勢を崩すまいと声を張る宮地に、麻結さんはずっとずっと変わらない声色でそう言って、宮地の耳に手を当て、口を近づけて何かを話した。


「───────────────♡」


何て言ったのか、分からなかったけれど……みるみる見開かれる宮地の目と酷く歪んだ表情に、只事では無い事だけは分かった。


「そ、そんな事、出来る訳……っ!!」

「出来ますよ。……私がそんな嘘ついて、何の得があると言うんですか?」

「っ!!!」


形勢逆転と言った所か、すっかり縮こまってしまった宮地は体を引きづる様に慌てて立ち上がり、


「化け物だ……あんたもあいつも……」


……そんな風に言い残し、山道の方へ走って行ってしまった。


麻結さんが何を言ったのか、俺には分からなかったけれど……宮地の逃げて行った方を見送る麻結さんの表情は、俺の位置からは確認出来なかった。

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