不穏な彼女

6.とある家庭の夕食♡

『ねぇ……知ってる? 人間って、本当に簡単に死んじゃう……脆い存在なんだよ』


 彼女の言った言葉が頭で反芻して離れない。


 麻結さんはどんな意図で、あんな事……あんな突拍子も無い事を言ったんだろうか?


 俺は全くと言って良い程辿り着けない疑問に頭を悩ませながら、その後の会話を思い出す。


『……はい?』

『あのね、喜怒哀楽どの感情でも死んじゃうし、ちょっと酸素が無くなっただけですぐ死んじゃうし、浅い水にもながされちゃってね……』

『は、はぁ……』


 何があったのかは分からないけれど、俺は確実な恐怖と強い違和感を感じていた。


 興奮した様子で語る麻結さんは……何だかいつもより子供っぽい感じがして、余計に何が何だか測れなかった。


『それでね、私が前……』

『せんせ、画用紙もう無いよー』

『!』


 で、結局……話の途中でそんな風に言って図書室から顔を出した中野によって麻結さんの話は中断され、


『大変。美術準備室にあると良いのだけど……』


 その頃には……麻結さんはすっかり、元の麻結さんだった。


「……」


 ……あの時中野が顔を出さなかったら、一体どうなっていたんだろうか。


 あのテンションのまま麻結さんが話し続けた?

 急に何事も無かった様に会話が終わった?

 それともあの流れで、俺が麻結さんに……。


「はぁ……」


 いや……辞めよう。


 麻結さんだって誰かに突拍子も無い事を話したくなる事だってあるかもしれないし、もし俺を信頼してそういう一面をさらけ出してくれたのなら、それは間違いなく嬉しい事じゃないか。


 それに、麻結さんは最近忙しいんだし……ストレスとかが溜まってたのかもしれないし。


 彼氏として、彼女の心の負担を少しでも減らす事が出来たんだと考えられれば……うん。


 ひとまずは気の迷いか一瞬の嵐だと思って心の奥に留めておこう。


 そして俺は……麻結さんの負担を減らす為、自分で出来る事でも考えていれば良いんだ。


「にーちゃん」

「ん?……どうした」

「呼んだけど来ないから……ご飯」

「あぁ……もうそんな時間か。ごめんな」

「……ううん」


 今日の事に頭を悩ませている間に、すっかりこんな時間になってしまっていたらしい。


 ……うん、丁度良いな。

 料理に集中していれば、何かを深く考え込まなくて済む訳だし。


「えーっと? 何があったか……」


 俺は冷蔵庫やら引き出しやらを漁って、何があるかを確認する。


 ちょっと作業量の多いものとか複雑なものでも作って気を紛らわそうとも思ったけれど、それにしては時間的に出遅れた感があるし、何よりそろそろ保存の効かなくなるひき肉を消費しておきたかったので、


「……よし、ハンバーグで良いか?」


 と、俺が言うと、


「わぁー、ハンバーグ! にーちゃん大好き!!」


 なんて喜んでくれたので、俺は思わず頬をほころばせながらボウルやらを色々と用意していく。


「おれも手伝う!」

「ん。……じゃあこねるので良いか?」

「うん!」


 俺の弟……真吾しんごは小学四年生で、今がわがままの盛りだというのに、何に対しても文句のひとつ言いやしない。


 こんな風に家事の手伝いもちょくちょくしてくれるし、他の友達が持っているであろう最新ゲームをねだってきたりもしないし。


 ……だから時々、我慢をさせすぎてはいないか心配になってしまう。


 我慢をさせなくちゃいけない事は他の家庭より多いだろうし、全く我慢をしない状況が良いのかと言われればそうでは無いんだけど……喧嘩もわがままもしないとなると、たまに俺の事を本当に兄だと思ってくれているのか、どこかの親戚の家に置いて貰っている感覚なんじゃないかと心配になる事がある。


「にーちゃん、手洗って来たよー!」


 でも……やっぱり、この無邪気さを信じない事なんて、俺には出来ないな。


「よし、こねるか!」

「うん!」


 俺は麻結さんの違和感など慣れた手つきですっかり心の奥に閉まってしまい、もう思い出す事も無いだろうと、真吾と一緒にタネを作る事だけに気を向けていた。

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