29.楽しい時間ももうおわり♡

「……しき?」


 朝になると、しきはもう居なかった。


 深夜だからあやふやだったらしいけど、確かトイレに行くと言って出ていったのが最後だったと誰かが言っていた。


 ……正直、嫌な予感しかしなかった。


 けど……まぁ仕方ない。

 しきの問題の重大さは一回軽く伝えただけじゃ伝わらないだろうし、しきがトイレに行くと言ったからって着いて行かなきゃならない義理も、勿論こいつらには無い訳だし。


 俺だって、しきが居なくなってしまうのが分かっていたとしても……あんなに眠くて起きていられるなんて思えなかったし。


「……しんちゃん、やっと来た」

「あぁ……待たせたな」


 が……やっぱりしき一人の為にイベントは待ってくれない訳で。


 結局、先生何人かが探しつつ、生徒の方は混乱を避ける為に全体にはまだ知らせずに、とりあえずはそのまま続行という事になった。


 ……考えてみると、しきと一緒の班で三日間……まぁ実質二日だけれどそんなにも行動してたのに、一日目は俺の遅刻、二日目はしきの逃走で、何だかんだで二日目の夜ちょっと話したくらいしか思い出が無い。


 せっかくの……旅行だったのにな。


「……名高なだかは?」

「ん? あぁ、名高ちゃんなら……寝坊しちゃったみたいで今必死に髪の毛セットしてたから、まだちょっとかかりそうだったよ」

「へぇ……」


 そういえば……流石に高校生にもなれば、髪のセットとか軽く化粧する奴も現れるモンなんだな。


 流石に中学の頃は保湿とかそこら辺しかやってなかったけれど、それでも夜寝る前とか朝洗顔した後とかに取り出せば、笑われまではしなくとも興味津々みたいな感じにジロジロ見られたっけな。


 その点では女子の方が羨ましかったりはするけれど、女子から見れば髪も短い化粧もしなくても何も言われないと、男子の方が色々と羨ましかったりするんだろう。


「……俺、最後にちょっと見てくるわ」

「ん? あぁ……遅くなりすぎない様にね」

「おう。悪いな」

「別に……ボクに謝る事でも無いでしょ! ほら、早く行った行った!」

「ん……ありがとな!」


 色々考えはしてみたけどやっぱり落ち着かなくて、名高ももうちょっとかかりそうだしでそんな風に言ってみると、上城かみしろはあっさりと承諾してくれた。


 俺はそんな上城に見送られつつ、部屋への階段を駆け上がる。


 まぁ、きっと居ないんだろうけど……もしかしたら、もしかしたら居る可能性だって無くはないんだし。


 ……で、そんな一抹の希望にかけて部屋に続く廊下に顔を出してみると、


「……!」


 部屋の扉の前に……誰かが居た。

 女の子……白いワンピースを着た女の子だ。


 ……どうしてこんな所に?


 俺は謎の既視感と異物感に階段前で遠くから硬直してしまう。


 でも……まぁ、ずっとそうしていられる訳も無く。


 その少女はしばらくして俺の視線に気が付いたのか、こっちを振り向いてきた。


 その際、長い黒髪がこれでもかと主張する様にふわっとなびいて……俺はやっと思い出した。


 この子は、いつかの……麻結まゆさんが親しげに話していた女の子だ。


「……君は?」


 そんな事を言いながら近づいてみると、女の子にしては案外背が高い事に気づく。


 同じくらいか……それとも少し上くらいなのか、分からないけど……。


「しきを探しに来たの?」

「……!」


 でも……その子は確かにそう言った。


「……しきの居場所を知ってるのか?」

「あなたは……しきの友達? 名前は?」


 ……会話は噛み合わないけれど、この子が麻結さんと何かしら関係はある事、何よりしきの失踪についても無関係では無さそうなその素振りに、思わぬキーパーソンが現れてしまったのかもなとちょっと身構える。


 が……そんな隙も与えない様に、その子は更に名を挙げた。


「あぁ……もしかして君、『下川しもかわくん』?」


 そう。

 その子は……俺の名前まで知っていたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る