さよならと心の傷

31.呆然と♡

しきの事は、あれから見ていない。


俺の方はどうやって家に帰って来たのかもあやふやで……一人で浮遊霊みたいにフラフラと帰って来たのかもしれないし、上城かみしろ麻結まゆさん辺りに送って貰ったのかもしれないし。


「……」


時計を見ると……十三時いちじを回った頃だった。


……さっきまで耳にすら入らなかったのに、ちょっと気にした瞬間に耳に入ってくる夏のセミの鳴き声の鬱陶しい事たるや。


でも……暑いな。


まぁ、夏だから当たり前なんだろうけれど……夏の猛暑でも、冷房なんて無い生活を送ってきた俺にとって、暑いなんて思うのは相当……。


……あ。


窓が閉まってるんだ。


締め切られたカーテンが一切動かないのでそれを察した俺だったけれど、面倒だったので窓を開けるのは諦めた。


「……。ふー……」


ため息でも無いけど、そんな風に息を吐きながら寝返りをうって、窓に背を向けるようにする。


あぁ、それにしてもセミ、うるさいな……何か考えてないと取り込まれてしまいそうだ。


……。

そうだな……。


あー……しきはきっともう、俺の前には姿を現さないんだろうな。


いや、それ以前に……俺がもう変わってしまったしきを見たくないってのが本音かもしれないけど。


浅い付き合いが好きだった……とはいえ、俺は結局学校でのたった一人、仲良くしてくれる同性であるしきの存在に依存してたんだ。


だからそんなしきが、一緒にいる所なんて見た事も無かった少女に向かってあんなに無邪気に話しかけたりして……明らかに依存しているのが、どうしても受け入れられなかったんだ。


だって……俺達の見かけ上の浅い付き合いは、しきが誰とも浅い付き合いをするからこそ成り立っていたもので。


実際、俺が依存して居なければ崩れるどころかそもそも崩れるもの自体が無い関係だったんだろうし……現に他のしきと話してた奴は、きっとしきの変貌を見たって俺の様にはなっていないだろうけど。


それでも俺は、実際こうなってしまったから。


だから……今回の事で、俺が反省しなきゃいけないのは、大きく二つだ。


一つは……嫌な予感がしても、それを放っておいてしまった事。


そして、もう一つ。


「……人に依存しない事」


口に出してみて、自分の声の震えや弱々しさに少し驚いてしまったけれど……それは今は大して問題じゃない。


……人に依存しない。


そもそも依存している自覚の無かった俺にとって、これは難を極める事だった。


多分確実に上城かみしろには……生活面からかなり依存しているし、しきに依存していたって事はきっと名高なだか辺りにも依存しているし、それに……。


「……あれ」


……麻結まゆさんは?


麻結さんが居なくなったら、俺はどうなる?


だって……麻結さんは彼女だから、今まで挙げたどんな女子より、男子……しきよりも関係は深いというか、思いは深いハズである訳で。


なのに……。


「俺、麻結さんが居なくても……」


何とも無かった様に、生きていける気がする……。


何故かそう思ってしまったのを、俺は慌ててかき消す様に言葉を切った。


……そもそも、有り得ない事なんだ。


麻結さんとはだいぶ前から付き合ってて、それに告白は俺からしたのに……。


……。


「いつだったっけ」


……。


……あれ。


「……どう告白したんだっけ」


……あれ?


「そもそも俺達……」


…………何で?


何でぱっと……思い浮かばないんだ?




俺達……いつどうやって巡り会って、付き合う事になったんだ?


「……」


セミの音……忘れようとしたのに、心臓の音が早くなっていくにつれて、どんどんうるさくなってくる。


俺達は……。


「に、にいちゃん……っ!」

「っ!!」


……危うく辿り着きそうになっていた俺を引き戻したのは、真吾しんごだった。


「ん、あぁ……昼飯がまだだったな。……遅れてごめんな、今作るから……」

「に、にいちゃん……たまにはおれが作っても……」

「ははっ……何言ってんだ」


心配そうに言う真吾の頭を優しく撫で、俺はその姿を追い越してリビングへと向かう。


「……にいちゃんの存在意義しごと、どうか奪ってくれるなよ」

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