17.夏期講習の始まり♡

「……ちゃん……しんちゃんってば!!」

「ぅおっ?!」


 至近距離で大きく聞こえる声に飛び起きると、そこには上城かみしろの姿があった。


 あ……今日は夏期講習か!


「悪い、すっかり忘れて夜更かししちまって……」

「ゲームしてたんでしょ? 二人の声、ずっと聞こえてたんだから」

「! 悪い……いや、それはマジでごめん」

「別にいーの! 嫌味で言ったんじゃなくて、しんちゃんもあんな風にゲームするとすっかり男の子なんだなって思っただけだし」


 そうは言われても、夏だからって窓を開けっ放しにしてる癖に夜遅くまでしゃいでいたのは事実だから、次からは気をつけよう……と猛省していると、ふと時計と目が合う。


「マジでギリギリじゃねぇか……!」


 前も言った様に、俺は朝が苦手だ。

 いつもは上城に迷惑をかけない様に頑張っている方でアレだから……何も無いと思っている時は、そうはいかない訳で。


「しんちゃん、いくら呼んでも起きないんだから……思わず息してるか確認しそうになっちゃったよ」

「マジで……マジで悪い……」

「……だから、良いって言ってるでしょ!」


 俺が色々と迷惑をかけてしまって落ち込みつつ謝ると、上城はやっぱり持ち前の素直じゃない優しさでそう声を張ってくれる。


「っと……着替えるから、下で待ってて貰えるか?」

「あっ……ハイハイ! 早く来てよねっ!」


 兄妹……いや、姉弟の様だとは言っても、さすがに着替えを目の前でやられて堂々と居られる心持ちはお互い無いので俺がそう言えば、上城はちょっと顔を赤くして焦りながらそんな風に部屋を出ていった。


「……じゃ、行ってきます」


 俺はもう慣れた手つきで爆速で着替えを終え、夜更かしをしてまだしばらくは目が覚めないであろう真吾しんごに向かってそう声を掛け、部屋を飛び出した。


「お、早いね。……行こ!」

「おう」


 そして、その勢いのまま上城と一緒に家を飛び出す。


 起きて時間を見た時は焦ったけど……この調子なら、走らなくても大丈夫そうだ。


「……あら、あゆみ?」

「えっ……お、お姉ちゃん?!」


 ……が、思いもよらない人に会ったのなら、それは例外になる。


「どこ行くの? 学校?」

「うん、夏期講習で……。お姉ちゃんこそどうしたの? 急に帰ってくるなんて……」

「……ちょっと、ね」


 この人は上城のお姉さんで、上城 しずくさん。


 俺と真吾の様に少し歳が離れて居るから……多分二十前半とか、そこら辺だと思う。

 そう……ちょうど麻結まゆさんと同じくらいかな。


「あゆみ……本当、悪いんだけど……」

「ん?」

「……ちょっと、家族皆に話したい事あって、帰って来たの」

「!……分かった。夏期講習、絶対行かなきゃってのじゃないし……大丈夫だよ」

「ごめんね。……真次しんじくんも」

「いえ……」


 何だか……色々ありそうだ。

 やっぱり色々変化のある時期なんだろうか、雫さんの変化で上城まで変わってしまったらとうとう俺だけ置いていかれる事になって、ちょっと焦りそうだなとは思いつつも、俺は二人を見送るべく口を開く。


「じゃあ……俺は行きますね。……上城も、先生に伝えとくから」

「あ、うん……。ありがと」

「……気をつけてね、真次くん」

「はい。……雫さんも」


 二人と別れて、俺は学校への道を小走りに進む。


 ……そうだ。

 別に、変化を急がなくたって良いんだ。


 俺と同じく、自分は変化してないと思いつつも周りの変化に焦ってる奴が居るかもしれないし、そんな時の俺が心の支えになれるのなら、それで良いじゃないか。


「遅れました……!」


 そんな事を考えつつ滑り込んだ教室にはまぁまぁ人が揃っていたものの、まだ始まっていなかった様でひとまず扉に寄りかかりつつホッとしていると、


「……ふふっ」


 聞き慣れた笑い声がした。


下川しもかわくん、ギリギリセーフですね」


 振り返れば、そう言いながらいつもの様に笑う麻結さんの姿があって、数日会ってなかっただけなのに……俺はその姿に、酷く安心感を覚えていたんだ。

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