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立ち並んだ店を横目に、活気に満ちた大通りを二人で歩いていく。
馬車から降りたときも感じたが、ヘルバタは住民たちだけでなく旅人や観光客と思われる人々も多く滞在している本当に賑やかな町だ。
すれ違う人々の顔には皆笑みが浮かんでおり、皆が皆、楽しそうに過ごしている――町の広さも、活気も、行き交う人々の表情も、何もかもがティムバーとは正反対だった。
そんな町の一番奥。支柱に蔦や花が絡んだ木製のアーチをくぐり、緩やかな坂を上がった先に目的地である茶園はあった。
「う、わぁ……!」
広大な茶園だ。
平地になっている箇所には茶葉の直売所と思われる建物が作られており、旅人や観光客と思われる人々が出入りしている。茶葉の試飲も行われているのか、直売所の方面からはベールクティーとはまた違う香りが漂ってきていた。
関係者以外の人間は立ち入りを禁ずるために立てられた柵の向こう側には、青々とした葉を伸ばした茶の木がずらりと並んでいる。収穫がしやすいようにか、何列かに分けてずらりと植えられた景色は見ていて少し驚くものがある。
けれど、フィアレッタを心の底から驚かせたのはそれだけではない。
シュネーガイスト領のほとんどの場所では妖精や幻獣たちの気配を感じられなかったのに対し、この場所でははっきりと彼ら彼女ら幻想の隣人たちがいる気配が感じられたのだ。
妖精や幻獣たちが姿を隠してしまったシュネーガイスト領で、彼ら彼女らの気配をはっきり感じられる数少ない場所。
クラシオン茶園――それが、フィアレッタとジルニトラがやってきた茶園の名だ。
「すごい……とっても広い茶園なんですね……!」
きらきらとした声でそういったフィアレッタの隣で、ジルニトラが頷く。
「クラシオン茶園は、長くヘルバタを支えてきた茶園だ。ここで働く者は皆、妖精や幻獣たちのことをとても大事にしていて、妖精や幻獣たちとともに茶葉を作っている。……レースディア家が妖精の炉心で悪事を働いているときも、ここの人間は誰一人として妖精と幻獣たちを差し出そうとしなかった」
最後のほうはどこか苦しそうにも聞こえる声色で、ジルニトラはそういった。
やはり、妖精や幻獣たちとの共存を目指す彼にとって、妖精の炉心という負の歴史は思い出すだけでも苦しいものなのだろう。
けれど、レースディア家が――領主が妖精の炉心で悪事を働いている時代に、妖精や幻獣たちを領主に差し出さずに守ったというクラシオン茶園の歴史は勇気に満ち溢れたものだ。おそらくだが、ジルニトラもそう感じているから話してくれたのかもしれない。
「……なるほど……そのような歴史がある茶園なのですね……」
だから、この茶園には他の場所と異なり、妖精や幻獣たちの気配をはっきりと感じられるのだろう。
じんとくるものを感じながら茶園の景色を眺めたのち、フィアレッタはジルニトラを見上げる。
ジルニトラもまた、どこか真剣さを感じさせる顔つきで立ち並ぶ茶の木たちを見つめていた。
「……痛みの時代にある中でも、決して妖精たちや幻獣たちとの絆を忘れなかった。クラシオン茶園で働く者たちができたんだ、現在のレースディア家も彼ら彼女らとの絆を思い出せるはず。俺はそう信じている」
小さな声で、ぽつり。決心を呟くジルニトラの表情は誰よりも真剣だ。
レースディア家の中で――否、広いシュネーガイスト領の地で誰よりもこれからの未来を見つめているのだと思わせる顔。
その横顔を無言で見つめていたフィアレッタだったが、こちらを見たジルニトラとばちりと目が合い、思わずわずかに肩を揺らした。
「すまないな、少し真剣な話をしすぎた。……店でも見て回ろう、フィアレッタ嬢もそちらのほうが楽しめるだろう」
「あっ……いえ、旦那様のお考えを詳しく知れてよかったと感じていますから」
だから、どうか気にしないでほしい。改めてジルニトラの考えを知れてよかったと感じている言葉に嘘はないのだし。
そんな思いを込めて言葉を紡ぐが、当のジルニトラは少々複雑そうな顔のままだ。
けれど、それも直売所のほうへ視線を向ける頃には消え去り、普段フィアレッタが目にしている仏頂面に戻っていた。
フィアレッタも彼の視線を辿り、直売所へ改めて視線を向ける。
先ほどもちらりと見たが、直売所はシンプルな木製の建物だ。小さな小屋ぐらいの大きさになっており、花細工やイラストで飾り付けられた手作り感溢れる可愛らしい看板が立てられていた。
傍には屋台も出ていて、そこで茶葉の試飲を行っているようだった。屋台のテーブルに大きめのティーポットと、小さめのティーカップがいくつか並んでいるのが見える。屋台の傍に立つ人々は皆ティーカップを持っており、注いでもらった紅茶の味を楽しんでいた。
「……紅茶の試飲か」
「どうやらそうみたいですね。クラシオン茶園で作られている茶葉の試飲ができるんでしょうか」
「そのはずだ。興味があるなら飲んでみるか?」
「!」
ぱあっと表情を明るくさせ、フィアレッタはこくこくと何度も頷いた。
そんなフィアレッタの反応にジルニトラも微笑ましそうに表情を緩め、繋がれていた手を一度離してくしゃくしゃと小さな頭を撫でる。
「なら、もらってくる。ここで少し待っていてくれ」
そういって、ジルニトラは紅茶の試飲をしている屋台へと向かっていった。
傍から離れていく背中を見つめながら、フィアレッタはそっと己の頭に手を伸ばす。
エヴァンがしてくれる撫で方とは異なる、少し乱暴な手付き――けれど、不思議と心地よくて。
思い出すと、ほんのわずかにだが心臓が大きく音をたてた。
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