2-6
改めてずらりと並んだティーセットを眺め、指先を遊ばせながら一つ一つじっくりと見ていく。
形状や色、模様、雰囲気――どのティーセットも同じぐらいの時間をかけて眺めていた、が。
「あ……」
ふと、一つのティーセットに視線が止まった。
白い陶器のティーカップとティーポットだ。とてもシンプルなデザインをしていて、落ち着きを感じさせる青いラインが特徴的だ。ワンポイントのようにペチュニアの花が描かれており、シンプルながら上品さを感じさせる。
このティーカップとティーポットに絵を入れた職人がペチュニアの花の意味を――込められた花言葉を知って入れたのかはわからないが、今回用意したい妖精茶にぴったりだ。
これしかない。
大声で叫んだ内なる声に従い、フィアレッタはペチュニアの花のティーセットを棚からそうっと取り出し、先に用意しておいた紅茶道具の隣に並べた。
使うティーセットが決まったら、いよいよ妖精茶の準備だ。
「お手数をおかけしてしまってすみませんが、お湯を沸かしてカップとポットを温めておいてくれますか? そのあとに紅茶を淹れるときも使いたいので、少し多めに沸かしておいてくれると助かります」
「かしこまりました!」
メイドの一人が笑顔で返事をし、収納棚からミルクパンを取り出して水を注いだ。
それをコンロに置いて火にかけるまでを見守り、フィアレッタは次の工程に移る。
「お湯が沸くのを待っている間に茶葉を選びたいんですが……茶葉の管理はどちらで?」
嫁入りの日にフィアレッタが持ち込んだ茶葉を使うという手もある。
けれど、より効果が高い妖精茶を淹れるには、妖精茶を口にする人間に馴染みがある地――生まれ育った地であったり過ごし慣れた地であったり、そういった場所で作られた茶葉を使うのが一般的だ。
何より、異なる地で育ったものは好みが分かれる場合がある。
効果が高い妖精茶を淹れるためにも、ジルニトラに確実に飲んでもらうためにも、ここはシュネーガイスト領で作られている茶葉を使いたい。
そんな思いを胸に問いかけると、ヘッドキッチンメイドがすかさず反応した。
「茶葉は倉庫で管理していますが……少々お待ちください。いくつかお持ちします」
フィアレッタへ深々と頭を下げてそういうと、ヘッドキッチンメイドは少々急いだ足取りでキッチンの一角にある扉へ向かい、その向こう側へ姿を消した。
フェルドラッド家もキッチンと食料庫は簡単に行き来できる位置にあったが、どうやらレースディア家も同じらしい。
ヘッドキッチンメイドが倉庫の中に入って数分。色とりどりでおしゃれなデザインをした正方形の缶を数個サービングカートに積み、彼女が戻ってきた。
「おまたせしました、奥様。お気に召すものがなければお申しつけください。また異なる茶葉をご用意しますので」
「わかりました。本当にありがとうございます」
ヘッドキッチンメイドに感謝を告げ、フィアレッタは積んである紅茶の缶を一つ手に取る。
ティーセットを選んだときにそうしていたように一つずつ丁寧に確認し、ときには蓋を開けて香りも確認し、ぴんと来るものをひたすら探す。
そのうちの一つ――薄緑色の缶を手に取った瞬間、フィアレッタの中で何かがぴんと来た。
先ほどと同じように、フィアレッタの中で声がする。
これだ。
これしかない。
「……うん、決めた。これにします」
「ベールクティーですね。かしこまりました。他の茶葉は倉庫に戻しておきますね」
「すみません、お願いします」
ヘッドキッチンメイドへ軽く頭を下げ、感謝と謝罪の言葉を告げる。
緩く笑った彼女がサービングカートを押して倉庫に戻っていくのを見送る。
その背中が倉庫の向こう側に消えていくのを見送ってから、フィアレッタは手の中にあるベールクの缶の蓋を開けた。
瞬間。
ふわり、と。
甘く爽やかな香りがフィアレッタの鼻をくすぐった。
渋みを抑えた、果実を思わせるような甘さと爽やかさが共存した香り。
ベールクははじめて知った茶葉だが、飲みやすそうな印象がある茶葉だ。
「……これなら、あれとも相性がいいかも」
缶の蓋を閉めながら、あるものを思い浮かべる。
妖精茶を淹れる際に必要になる甘味料――この香りなら、あの甘味料を加えても邪魔にならなさそうだ。
ことりと手の中にあるベールクの缶を置き、フィアレッタはバートランドへ目を向ける。
「バートランド、わたしの部屋に置いてある白いキャリーボックスを持ってきてくれませんか?」
「キャリーボックス、ですか?」
「はい。妖精茶を淹れるために必要なものが入っているので……お願いします」
少し不思議そうな顔をしていたが、理由を口にすればバートランドの顔が納得したものに移り変わる。
「かしこまりました。できるだけ早くお持ちします」
バートランドが胸に手を当て、深々と頭を下げる。その後、足早にキッチンを出ていった。
さあ、これで必要なものは揃った。あとは自分が頑張るだけだ。
湯が沸く音を聞きながら自身の頬を軽く叩き、フィアレッタは早速妖精茶を淹れるため、作業を開始した。
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