2-7
妖精茶を淹れる工程は、途中までは普通の紅茶と同じだ。
フィアレッタはまず、温めておいてもらったティーポットから湯を捨て、ベールクティーの缶の蓋を開けた。
湯で十分に温められたポットの肌から熱が抜ける前に、ティーキャディースプーンで計量した茶葉をさらさら入れる。
すかさず新たに湯を注ぎ入れれば、甘さと爽やかさを兼ね備えたベールクティーの香りが湯気とともに広がった。
蒸らしている間に冷めてしまわないよう、しっかりとティーコジーを被せれば、あとは十分に抽出されるまで待つだけだ。
「……奥様、お茶を淹れるのに慣れてらっしゃるんですね」
「実家にいた頃も時々自分で淹れていたんです。そのときの経験が今も身に染みついているみたいです」
意外そうな声色で呟いたメイドに笑顔でそう答えたとき、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
ぱっと反射的にキッチンの入り口へ目を向ければ、白いキャリーボックスを手にしたバートランドがひょこりと顔を出した。
「奥様、おっしゃっていたものはこれでしょうか?」
そういった彼の手の中にあるキャリーボックスは、フィアレッタが思い浮かべたとおりのものだ。
まさか、こんなにも早く持ってきてくれるとは。持ち運びしやすいとはいえ、ある程度の重量があるはずなのに。
内心驚きながらもすぐに口元を緩め、フィアレッタはバートランドを優しい笑みで出迎えた。
「おかえりなさい、バートランド。急いで持ってきてくれてありがとうございます。それで合ってますよ」
「おっしゃっていた条件と一致するのがこれだけだったので、合っているだろうと思っていましたが……間違いなかったようで安心しました」
バートランドからキャリーボックスを受け取れば、慣れ親しんだ重みが両手に伝わってきた。
少々苦労しながらも調理台の上に置いて蓋を開ける。
姿を見せたのは、瓶状の物を立てて保管できるよう格子状に区切られた内部と、その格子一つ一つに収められた瓶たちだ。
フィアレッタの隣でキャリーボックスの中身を覗き込み、バートランドが不思議そうに一つ瞬きをする。
「フィアレッタ様、これは……なんでしょうか? あまり見慣れないものですが……」
「これはキャンディスっていいまして。妖精茶を淹れる際に必要になるものなんです」
バートランドへ答え、フィアレッタはずらりと並んだ瓶のうち、一つを手に取った。
傷一つない透明なガラス瓶には、薄い黄金色をした液体で満たされている。瓶を傾けると角度に合わせてとろりと傾き、粘性があることを見る者に伝えてきた。
けれど、瓶の中を満たしているのはそれだけではない。薄黄金の液体には同じ色に染まった一口ほどの固形物も沈んでおり、照明の光できらきら輝いていた。
「キャンディス……ですか?」
「はい。氷砂糖とハーブの香りをつけたシロップで作る甘味料で……そうですね、氷砂糖のシロップ漬けみたいなものを想像していただけたらわかりやすいかと」
答えながら、フィアレッタはキャンディスの蓋を開けた。
妖精茶に特別な効果を与えるために必要になるもの――そのうちの一つが、このキャンディスだ。
妖精や幻獣たちの魔力をふんだんに注いで育てたハーブを使って作られるこの甘味料には、彼ら彼女らの魔力が宿る。目的に合わせて使わなければ大惨事が引き起こされるが、適切に使えれば望んだ効果を得ることができる。
今回使うキャンディスは、カモミールのキャンディス。安らぎに特化したものだ。
「このキャンディスを、こうやって……」
被せていたティーコジーを外し、ティーポットの蓋を外す。
しっかり保温をして蒸らしておいたおかげでしっかり抽出できたらしい。蓋を外した瞬間、ほわりと甘く爽やかな香りがフィアレッタの鼻を優しくくすぐった。
思わず表情を緩めながら、フィアレッタはティースプーンでキャンディスを一匙すくう。
ティースプーンの上に乗せられた一口サイズの氷砂糖は薄黄金色のシロップをまとい、宝石のようにきらきらと輝いていた。
「綺麗……」
ほうっと感嘆の息とともに呟いたのは、はたして誰か。
素直な感想に表情を緩めながら、すくいあげたキャンディスをティーポットの中へと入れた。
キャンディスがティーポットの底に当たり、からころと涼やかな音を奏でる。
さらに追加でもう何粒か瓶からすくい上げてポットの中へ加え、最後にシロップをティースプーン一杯分だけ加えると、そのまま優しくかき混ぜた。
溶け切っていない氷砂糖がティーポットの壁に触れるたび、音をたてる。
涼やかなその音を聞きながら、フィアレッタはすぅと息を吸い込んだ。
「瞼に落ちろカミツレの涙 夢へと誘うザントマン 夢魔の手は遠く 優しい眠りが訪れますように……」
歌うように、ささやくように。
過去に妖精たちから教えてもらった魔法の言葉を唱える。
フィアレッタが持つティースプーンが紅茶の海をかき混ぜるたびに唱えられた言葉が魔法へと変わり、渦巻く紅茶の中へ魔力が溶け込んでいく。
風もないのにフィアレッタの髪や衣服のスカートがふわふわと揺れ、甘やかな薄黄金色の光がティーポットの中へ集まっていく。
誰もが目を奪われ、言葉を発することができなかった。
誰もが言葉を失うほど、フィアレッタが作り出している光景は幻想的で美しい光景としてその場にいる者たちの目に映ったのだ。
「――眠りの妖精の愛が届きますように」
きん。
フィアレッタが最後の一句を唱えた直後、ティースプーンがポットの縁を叩き、陶器と金属が触れ合う高い音が奏でられる。
それを合図にしたかのように、ティーポットの中からぽんと夢の色をした煙が上がった。
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