7-2

『そんなに固くならないでいいのよ。可愛い可愛い私たちの愛し子。私たちのシュガーロビン。あんなに可愛い招待状を受け取ったんだもの、行かないなんてひどいこと、できるわけないじゃない』


 ……そういってはくれるが、フィアレッタとジルニトラは決して気楽な気持ちにはなれないし、固くならずにはいられない。

 何も知らない者から見れば妖精を交えたティーパーティーにしか見えないだろうが、このティーパーティーはレースディア家とシュネーガイスト領の今後が決まるもの。


 ほんの少しでもユグドラシルの気分を害してしまったら、レースディア家の未来もシュネーガイスト領の未来も完全に閉ざされてしまうのだから。

 フィアレッタとジルニトラの内心に気づかずに――あるいは気づいているけれど目をそらしているのか、ユグドラシルは片手を頬に当てて優雅に笑う。


『招待状も会場も私の好みに近づけてくれたのかしら? 私の好みを教えた記憶はないのだけれど……でも、すっごく嬉しいわ』


 ユグドラシルの目が、再度周囲へ向けられる。

 どのような飾りつけにしたらいいか、情報をくれたフロスピクシーたちには感謝したい。ジルニトラに手を貸すと決めてくれた彼女たちの助言がなければ、ここまでユグドラシルに気に入ってもらえる会場は用意できなかっただろう。

 もしそうなっていたら、レースディア家とシュネーガイスト領の未来が閉ざされる可能性がぐっと高まっていたかもしれない――そう考えるだけで、フィアレッタの背中を冷たいものが駆け抜けていった。


「……気に入っていただけて、こちらもとても嬉しいです。お疲れでしょう、どうぞこちらへ」


 ジルニトラもフィアレッタが思い浮かべたことと同じことを一瞬思い浮かべていたのだろう。

 一瞬表情をこわばらせていたが、瞬き一つの間に気持ちを切り替えたらしく、ジルニトラの顔に再度柔らかな微笑みが浮かんだ。

 片手で用意した椅子の一つを引き、片手でその椅子を示してユグドラシルへ着席を促す。

 ユグドラシルはほんのわずかにきょとんとして、けれどすぐに両目をきらりと光らせてジルニトラが引いた椅子へ素直に腰を下ろした。


『ふふ、丁寧に感謝するわ。……ねえ、シュガーロビン。妖精嫌いの家の子。お茶やお茶菓子はどんなものを用意してくれたの? すごく楽しみだわ』


 ユグドラシルが面白そうに――あるいは興味深そうに両目を輝かせ、わずかに身を乗り出してテーブルへ両肘をついた。優雅な動きで両手の指を組み、その上に自身の顎を乗せる。

 彼女の目の奥できらり、きらりと揺れるのは隠しきれない期待――そして、強い好奇心だ。


 こんな目をするほど楽しみにしてくれていると思うと、気合が入る反面、身体に余計な力が入って心拍数が上がる。

 小さく息を吸って、吐いて、何度目かになる深呼吸で気持ちを落ち着かせると、フィアレッタはテーブルに用意しておいたティーポットを手に取った。

 出迎えは二人で。席への案内はジルニトラが。

 ここからは、フィアレッタの仕事だ。


「ユグドラシル様はもう何度か口にされたことがあるとは思いますが――やはり馴染み深い味があると安心するだろうと考え、お茶はこちらを用意させていただきました」

『あら。なら、私が飲んだことがあるお茶なのかしら?』

「はい。ですが……仕上げが必要なので、ほんの少しだけお待ちいただけますか?」


 いいながら、ティーポットにかぶせていたティーコジーをそっと外す。

 邪魔になりにくそうなテーブルの端にそれを置き、ティーポットの蓋を取ると、それを合図にジルニトラがテーブル上に置かれていたガラスの器をフィアレッタの傍へ寄せた。

 小さなミルクピッチャーと同じぐらいの大きさをしたその器にはティースプーンが入れられており、中に入れたものをスプーンで簡単にすくい上げられるようにしてある。


 フィアレッタがティースプーンで器の中身をそっとすくい上げ、ティーポットの上で傾ける。

 とろりとした透明なシロップと一緒にすくい上げられ、ティーポットの中へその姿を消したのは、数粒の氷砂糖――リンデンの花の香りをまとったキャンディスだ。

 かろり、かろり。リンデンのキャンディスがティーポットの底に当たり、軽やかな音をたてた。


「幾度も廻るリンデンバウム 花の枝に約束結び 一人の夜を過ごしても 友と過ごした記憶は残る」


 からり、かろり。

 ティースプーンで紅茶を混ぜながら、歌うように祈りの言葉を口にする。

 瞬間、柔らかな風がフィアレッタやジルニトラ、ユグドラシルの肌を撫でた。

 鼻をくすぐるリンデンの香りは風が運んできたものか、それともキャンディスのシロップに溶け込んだ香りか。ほのかに感じる香りは、ティムバー付近に咲いているリンデンの花と同じ香りだ。

 ティムバーらしい風と空気に包まれながら、フィアレッタはゆっくりと目を閉じ、手元のティーポットへ意識を集中させた。


「結んだ友愛が、冬の孤独を忘れさせてくれますように」


 ふわり、ふわり。

 風とともに、可視化された魔力がフィアレッタの周囲で渦巻き、フィアレッタの髪やドレスのスカートをふわふわ揺らしている。

 フィアレッタを中心に発生した魔力は、白に近い柔らかなクリーム色をしている。帯のように長く伸びたそれは、風とともに舞い踊り、ティーポットの中へ溶け込んでいく。

 最後にティースプーンでポットの縁を叩けば、リンデンの花の香りをほのかに漂わせる夢色の煙がぽんとあがった。

 一連の様子を眺めていたユグドラシルがにんまりと口角をあげる。


『なるほど? 妖精茶。確かに妖精茶なら、私も何度か楽しんだことがあるわ。そういえば、シュガーロビンは知っているものね。私たちが知るものと同じ、妖精茶の淹れ方を』

「過去に、アトラリアの妖精たちから教えてもらいましたから」

『……でも、妖精茶ならあまり特別なお茶っていう感じはしないけれど』


 ユグドラシルが発する声から、先ほどまであった興味や好奇心の色が薄くなった。

 期待外れと言いたげな声色だが、それに臆することなく、フィアレッタはにんまりと笑う。


「そうでしょうか。ぜひ、一口飲んでみてくださいな」


 物珍しいものを用意すれば、好奇心旺盛な妖精たちの興味を簡単に引ける――だが、いかにも珍しいものは即座に興味を引けてもすぐに飽きられてしまうというリスクもある。

 ただ珍しい紅茶や茶菓子を用意すればいいわけではない。一見物珍しくないものでも、工夫をすれば妖精に楽しんでもらえる。


「きっと、他の妖精茶を口にしたときとは違う気分を味わえるかと」


 ユグドラシルの目の奥に、一度失われた興味の色が戻った。

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